「世界ナゼそこに?日本人」の協力要請を受けなぜか落ち込む

海外にいる人なら一度は聞いたことがあるだろう、東京テレビの「世界ナゼそこに?日本人」という番組。世界で活躍する日本人を取り上げ、なぜその国で働くのか、その国に住み続けるのかといったことを紹介する番組である。

そんな番組から「ドバイで良さげな人いない?」と聞かれたのだが、考え込んでしまった。探している人間の要件といえば、孤児院などに勤めている人、高齢者、日本文化を普及している人といったものである。


海外といえども、日本人のみならず外国人は大概数年で国を離れてしまう、UAEは外国人の定着率が悪い国なのだ。さらには、番組がもっとも取り上げたい、なぜその国なのかという国への熱意も、大半の人間が自国への送金、自国よりも高い給与を得るためといった理由なので、ドバイに対する熱い思いを持っている人間を探し出すのは至難の技である。

要件にあっていなくとも、番組にぴったりな人がいればと過去の番組出演者を眺めつつ、考えをめぐらせてみたもの過去の出演者に一様に見えてきた共通点というのが、「人生が波乱万丈」だということである。


東京テレビ「世界ナゼそこに?日本人」過去の放送一覧より

「無給で働く」、「病気を患いながら・・・」、「家族の死を乗り越え・・・」。あわよくば自分が出演したい、と思っていたものの、こうした番組が定義する「波乱万丈」とは程遠い平凡なリーマンの暮らしである。

テレビが日常にはない、「異常性」を取り上げるという点でいえば至極まっとうではあるが、テレビに出るためにはそれなりの「異常性」を持っていないとダメなのか。

それなりに苦労や波乱は自分ではあったと思っていても、客観的に見ればそれは平穏な波の連続の人生なのだと。まだまだ「波乱感」が足りない人生であることを認識し、もっと「波乱感」を起こさねばと思った次第なのである。

ちなみに個人的に出てみたい番組は、同じく東京テレビの「家、ついて行ってイイですか?」とNHKの「ドキュメント72時間」もしくはフジテレビの「ザ・ノンフィクション」。夢を全開にするならば、「プロフェッショナル仕事の流儀」である。

いずれにしてもやっぱり人生における「波乱感」は問われるのだろう。