「日常」の海外と「非日常」の日本

いつの頃からだろう。こんなに海外を疎ましく思うようになったのは。日本にいた頃は、空港を見るとたまらなくワクワク感を覚え興奮していたのだが、今になっては見ると憂鬱な場所と化している。

月曜日がリーマンにとっては憂鬱なように、海外のリーマンにとってはたまらなく日本を離れるというのは憂鬱なものなのである。ドバイに戻り、バージュ・ハリファやシェイクザイードロードのビル群を見るとほっとしてしまう一方で、日本からの帰り道の機内ではいつも連行されている容疑者のように嫌な気分になる。


どうしても海外で働いてみたかった時の自分からすれば、何を贅沢なと思うだろう。けれども、日常の生活の場になってしまったドバイに戻るのは、憂鬱に他ならない。あれだけ大きく見えたドバイも冷静に考えれば、埼玉県と同等の面積の国であり、人口も国全体で1000万弱である。

東京、神奈川、埼玉、千葉へと楽々移動できる日常の行動距離が広い日本に比べると、ドバイで数年過ごしているのは埼玉県のみで数年生活過ごしているようなもので、どこか息苦しさを感じる。

日本のリーマンへのあこがれ

帰宅ラッシュ時の品川駅を歩くといるわいるわ、同志であるリーマン達が大魚の群のごとく一方の方向へ向かって流れていく。

駅周辺に降りたち、路面に面したバルや居酒屋をのぞけばそこはサラリーマン会合がそこかしこでひらかれている。時刻は18時半。長時間労働や残業とはいうもののちゃんと定時に会社を離れ、仕事後の時間を楽しむリーマンだっているのだ。

自分もあの中に入りてえと談笑に夢中になるリーマンを見やりながら思う。同じ言葉で、同じ文化を持つ人間と酒を酌み交わしながら談笑するリーマンを羨ましく思う。けれども、どうしても日本のリーマンに戻る決意がまだできていない。

別に日本の働き方が嫌だとか、息苦しさを感じるとかいうわけではないのだが、それでも大魚の群の一員になる決心がいまだつかないのである。心地いいからこそ、いつでも戻れる。今はまだ不快の中でもなんとかやっていける、そういう心持ちなのだ。

カタール航空を失った代償

カタール国交断絶により、安くてサービス力も高いカタール航空便を利用することができなくなった。そんなわけで、同じような価格帯、飛行時間のキャセ航空を選んだわけだが、ここにてカタール航空を失った代償を痛感する。

中国に上陸するのははじめてなので、それこそ日本がかなりの度合いで進出している香港の空港には驚かされた。日本の本や日本の化粧品ブランド、フードコートに日本食レストランと、ほぼ日本の免税店と同じような形で出店している。

次の就職先として香港も視野に入れていたので、外見もほぼ日本人と同じであり、空港職員もチャキチャキしているので、これは暮らしやすそうだと思ったものの、いざ飛行機にのって空中から見た香港というのは、あまりにも小さい。家賃が高く、住宅難民さえ出る理由も納得がいく。

香港は日本から約4時間と地理的に近い理由もあってか、とにかく観光客が多いらしい。観光客なのかビジネスマンなのかわからない、ホストとホステスのような若い男女のグループに囲まれながら満員の機内に乗り込む。それにしても、同じ航空会社によっても発着する国によって、飛行機のグレードが違うらしい。

日本から香港までは、設備が整った新しい機体であるのに対し、香港からドバイはややグレードが下がった機体であった。特に驚いたのは、以前利用したフィリピン航空である。

同じ航空会社だというのに、フィリピンのマニラからドバイ行きの飛行機は、まるで現代版の蟹工船のようにとにかく労働者を詰め込んだようなスタイルで、陰鬱な雰囲気が漂う。機内食もそれらしきものではなかった。まだドバイ発ソマリア行きのジュッバ航空の方が断然よい。

香港空港自体はよかったものの、待ち時間やフライトの時間帯を考えると、疲労感はやはりカタール航空のフライトよりも大きい。くだらない個人レベルではあるものの、やはりカタール航空を失った代償を痛感させられるのである。

日本への一時帰国というのは、楽しいことだけをする旅のような、不快を感じない非日常である。言い換えれば仕事や人間関係、日常の瑣末が海外での生活に移行した結果なのだろう。

それと同時に「非日常」に心揺さぶられる瞬間もあったが、まだその「非日常」を「日常」に戻す覚悟はできていない。