UAEに20年以上住む在住者に学ぶアラブ人との付き合い方

日頃アラブ人たちと仕事をしていてもやはりアラブ人との付き合い方はまだわからない部分が多い。アラブ人の大半が信仰するイスラームの考え方や慣習について一通りの「知識」も彼らの信仰を理解するには役に立つが、単なる一部分にしかすぎないし、それぐらい知っていて当たり前な世界の常識レベルである。


日本におけるアラブ人やイスラームに関する本の大半は、教科書的な基本部分にとどまるものが多いと感じる。まるで、中学の英語教科書にのっている会話文のようだ。

一通り基本的な会話の流れは理解できるが、いざ英語で生活してみると、なぜ仕事の用事を聞く時にももいちいち”How are you?”とご機嫌を伺うのか、”How was your weekend?”と週末の過ごし方を探るのか、といった言葉が使われる文化的な背景についてはいっさい説明がない。そうした文脈を知ることで、はじめて自然に必要とされるタイミングで”How are you?”と言えるのに。

だからこそ日本語で明文化されていない、彼らの不文律の文化を理解するのには苦労する。さらには、宗教だけでなく、政治や歴史といったことも日本人からすれば不可思議なアラブ人の行動を理解するのに必要とされる。

ともすれば、理解が不十分でないことにより、単純なレッテル付けやもはやこいつらとはつきあってられねえといったコミュニケーションの分断が生まれる。

そうした不可解なアラブ人(特にUAE人)に関する疑問に答えてくれる良著が、UAE人と結婚し1990年よりUAEに移住しているハムダなおこ氏による「ようこそアラブへ」という本だ。

また日本とUAEの文化交流を促す日本UAE文化センターを運営しているだけあって、識者が語るようなおきまりのアラブ人像ではなく、より実践的な生き生きとした形でアラブ文化について紹介されている。

 

挨拶や人間付き合いを重視するアラブ人

過去にもアラブ社会はコネ社会じゃ!だとか、アラブ人の中には、会社でわざわざ挨拶回りをする挨拶活動にいそしむ輩がいる、などと書いてきたが、その背景が本著では説明されている。

一般に汎アラブ・イスラームの国の人々は、挨拶を大事にします。それは「挨拶をきちんと行うこと」と、クルアーンに明記されているからです。かつて日本人もずいぶんと丁寧な挨拶をする民族でしたが、最近はそうした習慣が少なくなってしまいました。日本だけでなく欧米をはじめとする先進国一般では、産業革命から続く時間と効率の重要性のおかげで、のんびりと挨拶する習慣など脇に追いやられてしまいました。

けれども、産業革命も宗教革命も経なかったイスラーム圏では、現代に至っても、挨拶は大事な礼儀作法のまま活きています。会ったすぐから本題を話すことは無粋とされ、誰もが仰々しく長々しい挨拶のうちに、相手の印象をつかんでいきます。

この地域の人々は「人間的なつきあい」を非常に大事にします。仕事の能力さえあればいいという考えは根付いていません。人間は機会や商品ではないから、物々交換(仕事の完遂と金の交換)の関係とはちがう、あくまでも信頼がベースになければ何事も進まないと考えます。

ハムダなおこ「ようこそアラブへ」より

もちろん同僚のアラブ人たちにも、それとなく理由を聞いてみるが、やはりハムダ氏のように体系だった説明を聞く方がストンと落ちる。

 

アラブ人はいい加減で、無計画で、怠惰で無責任?

一瞬ギクっとした。本書で著者が語る日本人の典型的なアラブ人イメージが、自分が抱くイメージと似ていたからだ。

私は文化センターを主宰しながら、よく怒る日本人に出会ってきました。ある活動を行うとき、計画がずれたり倒れたりしたら、一生懸命頑張っていた分だけ怒らないではいられない人たちです。幼少から自分を律して、厳しい作法や練習を重ねてきたせいで、流動性そのものを理解できません。アラブ人が流動性の中で状況判断して生き残っている姿勢が、とても理解できないのです。

「いい加減で、無計画で、怠惰で、人任せで、無責任」というアラブ人への形容を、私は今まで何度となく耳にしました。そうした人たちは、アラブの国に住みながら自分をアラブ流に変えられないし、変えるのは退化だと信じています。

ハムダなおこ「ようこそアラブへ」より

自分でいうのもなんだが、確かに日本人が上記のようなイメージをアラブ人に抱いてしまうのもよくわかる。なぜなら、アラブ人の仕事ぶりや進め方というのは日本ではむしろ良しとされないやり方法だからである。

我々は小学生時代から、「計画的に夏休みを過ごしましょう」などと言われ、10歳にも満たない頃から1ヶ月のうちにやるべき課題やラジオ体操などをこなし、夏休みの日記のため思い出作りに励むことを奨励される。夏休みが終わる直前にあせって宿題をすべてやることは、「計画性がないわねえ」と言われる。計画をきちんとたて進めるということが良しとされる文化なのだ。

一方で筆者もいうようにアラブ人というのは、土壇場で決めてもなんとか形にして作り上げようとする。日本人であれば、そんな短期間で無茶な計画を立てるなよ、そんなんできっこない、と思ってもなんとかしてしまうのがアラブ人なのである。

日本だったら1~2週間のスケジュールでやる仕事もドバイでは当日、明日という最短スケジュールで依頼される。当初は、そんなの傍若無人すぎる、あらかじめ仕事の流れを逆算して前もって依頼しろ!とプンスカしていたが、どうにも最短スケジュールでゴリ押しするのが一般的なので、相当ストレスを感じながら彼らのスケジュールでこなしていた。

当初は「なんてやつらなんだ!」と怒りしかなかったが、意外と無理難題と思われることも実は何度も繰り返すとできるようになってしまうから不思議である。

また、ギリギリの提出依頼をどうしても変えられないというのであれば、「これだけの短い時間だったら、これだけのものしか出せませんがいいですね?」、と全てをやろうとせず与えられた期間だけでできるものをとりあえずは提出する、という譲歩の技も身につくようになった。(とはいえ、付け焼き刃にしかすぎないので、やはりある程度の時間を時間をとってがっつりやり込むという方法が、長期的には有効であり効率的だと考えている。どうにも長期的に考えて効率的という概念がピンとこないらしい)。

またやると決めたら本当にどんな形であれ、やりきるという姿勢はこちらも学ぶことがある。計画を周到に立てて進める日本人のやり方からすると、やたらとやりもしないのに頭だけであーだのこーだのと考えてしまいがちだ。実際やってみてからわかることもあるし、微調整をする柔軟性も必要だ。けれどもその辺はどうも日本人には欠けているように思う。

さらに一旦計画がうまくいかなくなると、機転を効かして別の方法を試みたり、当初の計画を変えてでもなんとか形にしようという気概を保つということも苦手とするところだろう。

細かいことを気にしないせいか、タイミングが重要な広告キャンペーンであっても、時期がずれてもとにかくやればOKということなのか、予定開始日を大幅にすぎてもキャンペーン開始まではとにかく全力で進めようとする。

途中でうまく行かなくても、すぐにまた別の方法をとる、という部分はぜひ取り入れたいところである。

仕事においてどこまでアラブ人のやり方に寄り添うべきなのか?

アラブ人が人口の大半を占めるのアラブ諸国であれば、自信をもって彼らのやり方に寄り添って行けばいいと思うが、UAEはやや事情が異なると思う。UAEという国はアラブの国とはいえ、外国人が人口の8割を占める国である。

UAEの人口構成比を出身国別で表した調査では、人口の割合から見れば一番多いのがインド人で28%、ついでパキスタンが13%、UAE人が11%といった具合で、アラブ諸国からの移民を合わせても全体で15%程度なのだ。

諸手を挙げてアラブ人のやり方に従う・・・というのは賛同し難い。世界中から人材が集まるUAEにおいては、自国民のUAE人の労働市場における競争力の低さが指摘されており、またUAE人も待遇の良い公務員職に流れがちで、私的企業で働くUAE人は少ない。

そうしたことを鑑みると、アラブ人との交流においてはもちろん彼らのやり方を尊重し、合わせる必要があるが、多国籍な人間が働く職場において必ずしも彼らの仕事のやり方に従う必要はなく、むしろアラブ人たちもそうしたグローバルスタンダードな仕事のやり方を理解して実践する必要もあるのではないか。

幾度となく、「このやり方では・・・」と思いながら、はっきりとこうした方がいいと伝えるべきか、けれどもそれは押し付けになってしまわないだろうか?それとも彼らのやり方に合わせるべきなのか・・・と悩み続けてきた。

けれどもこうして考えてみると、自分が自信をもって結果が出る、効率的なやり方であれば、それがどんなに時間がかかってもそのやり方の重要性を説いていくべきなのだろう。

ようこそアラブへ

ようこそアラブへ

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ハムダ なおこ
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