憧れのお笑い芸人を見に行きたい!

居住者の惰性というものがある。ある国や地域に住んでいると、あまりにも当たり前すぎていつでもいける、見れるという惰性に陥り、世界的な観光地であってもついには行かずじまいで終わるというものである。けれども、一時的にしかアクセスできない旅行者や短期滞在者にとっては、喉から手が出るほど見たくて、行きたくてしょうがない、というモチベーションを引き起こす。

人生で初めてお笑いライブというものに行ってみた。とりわけ熱心なお笑いファンというわけではないけれども、日本のお笑いから遠く離れた異国の土地でYouTubeで芸人達のネタ動画を見ていると、日本で見ている以上にお笑い芸人がなぜか神格化されてしまうのである。ちょうど、漫画を見て日本の秋葉原や原宿に憧れ日本を訪れたらぜひ行ってみたい、と熱望する外国人観光客のように。


先ほどにも述べたように、コアなお笑いファンではないので、とりあえずは有名どころを抑えることができれば満足なミーハーなのである。そこで手っ取り早かったのが多くの有名お笑い芸人を抱える吉本興業のライブである。

東京の新宿なんぞ行った回数は数知れず。けれどもルミネtheよしもとを目指して新宿に降り立つのは初めてである。サイトで慎重に各ライブに出演する芸人を見ていった結果、お目当の芸人たちをコンプリートするために1週間で2回訪れることになった。

ちなみに私のお目当芸人というのは、ノンスタイル、博多華丸・大吉、スーパーマラドーナ、銀シャリ、和牛(本当は中川家が見たかったが新宿での出演はなく、地方公演のみだった)である。分かる人はおわかりだろうが、どれもテレビによく出ている人気芸人という面々だ。その辺から、いかに浅はかなミーハーであることがお判りだろう。

テレビに出ている芸人=面白い、とは限らない

よく言われるが、芸人の間では面白いと言われているのにテレビに出てこない芸人もたくさんいる。それを端的に証明するのが、漫才の日本一を決めるM-1チャンピオンの中には、漫才の腕はあるのにその後思うほどテレビ見ないコンビがいるという事実だろう。

それをまざまざと感じたのが、今回のライブであった。もちろん初めて生でお笑いを見るという、「特別感」に押されてなんでも面白く思えてしまうというバイアスもあるだろう(そうしたバイアスを取り除こうと努めてみたが難しかった)。

何せ前説の芸人トリオのツッコミが、ボケにツッコんだだけで、「おお、初めてプロのツッコミを生で見た!」と舞い上がってしまう始末である。

よく知らない芸人が登場した場合は、先入観なくそのネタだけで判断せざる追えない。そんな状況で芸人たちの各種ネタを見ていると、本当にあるのだ。昔はよく出ていたけど今は出てない、もしくはほとんどテレビに出ていない芸人たちだって、実はテレビに出ている芸人と同等、もしくはそれ以上に面白いケースがあるのだということを。

もちろん「面白い」には嗜好や個人差もあるので、絶対的にいうことはできないが、それでもライブはそうした意外に面白い芸人を発掘する機会でもある。それはむしろ、若手よりも中堅、もしくはベテランの芸人に多い。こんな安定して、精巧なネタをやれるのに、なんでテレビに出ないんだろう。

それも仕方がない。トーク中心のテレビでは、ネタの上手さよりもトークやキャラが優先されるのだろうから。けれどもライブは単なるテレビに出ている有名な芸人のネタを見るだけにとどまらず、しっかりとネタを作り込んでいるテレビでは見られない芸人のネタを見るチャンスでもあるのだ。

芸人もリーマン?

特に日本のリーマンというのは会社の意向により、営業職からマーケティングへ異動といったように本人の経験や意思などに関係なく、仕事の役割を決められてしまうことがある。様々な部署を経験することで、なんでもできるスーパージェネリストリーマンが誕生してしまうわけだが、芸人の世界にも少なからず共通するものがあるらしい。

大きく違うのはそれが絶対的に会社の意向ではない点だと推測するが、芸人においても単なる漫才ネタや一発ギャグに止まらず別のお笑いを目指す芸人もいたりする。

それを強く感じたのが、ピン芸人の世界のナベアツである。世間の人は世界のナベアツのイメージが強いが(私もその一人である)、なんと彼は落語家に転身して、「桂三度」という芸名で活躍していた。

落語には興味はあるものの、理解できるのだろうかという不安があった私だが、落語へのイントロダクションとして、桂三度の落語は非常に興味深かった。

客層も考えてか、コテコテの落語ではなく少し現代風にアレンジした落語になっていたため非常に理解しやすかった。と同時に、芸人といえども会社に所属している限りそれが落語であれ、コントであれ、漫才であれ、なんらかの形で芸を続けていくのかと思うと、ちょっぴり芸人にもどこか会社の雇われリーマンのような共通点を見出してしまったのである。

ライブで垣間見る芸人達の人間性

もちろんテレビ番組のトークから芸人の人間性をほんの一部を知ることもできるが、ライブでは全てが編集なしということで、芸人達の素の振る舞いが垣間見ることができる。

もちろんネタ中は本人達も気合を入れているし、仕事モードなのでテレビでみるのとあまり変わりばえはしない。けれどもネタが終わり、舞台を後にする際の振る舞いには、なんとなく素の部分が見え隠れする。

ほんの数秒のことのなので、細かいかもしれないが、大半の芸人がネタが終わりそのまま舞台袖に入る中で、人によっては愛想よく手を振り、観客に一礼をして戻る人もいる。ほんのささいなことだけれども、礼儀正しい人だなという好印象を持つ。

一方でネタ中なのにも関わらず、いくらネタとはいえこの態度は・・・という芸人もごく一部ではいた。気になったのでのちに調べてみると、芸人としては鬼才だが人間性はゼロ点という評価を芸人仲間から受けていた。なので、我々観客が会場で受ける印象と芸人仲間が受ける印象というのは意外と一致する部分もあったりするようだ。

またライブだということを意識してか、しきりに観客にアドリブで突っ込んだり、テレビではないライブの雰囲気だからこそ伝わるネタを入れてくる芸人たちもいる。ライブにわざわざ足を運んで見にくる観客としてはそのかいがある。同じネタを見るならばYouTubeで十分だからだ。

それを観客を喜ばすサービス精神として捉え、テレビに出ていない芸人たちに共通していたという事実として鑑みるのであれば、むしろテレビよりもライブ慣れしている芸人だからこそ成せる技なのだと思う。

また特に有名芸人ですでに知っているネタであっても、実はツッコミや漫才の構成を一部変更している例も見受けられた。一字一句ツッコミの言葉を記憶していた私にとっては、同じネタでも若干内容を変えて新鮮味を出すという点が非常に興味深かった。

事故ネタで笑いを誘う

ちょうど世間を賑わせた事故を起こした芸人達も登場した。当て逃げ事故をを起こし、活動を自粛していたノンスタイルの井上。テレビでも自ら事故当時の出来事を同乗者していたスーパーマラドーナの武智と再現し説明するなど、復帰後は事故についてオープンな姿勢を取っている。

その姿勢はネタにも現れていた。ノンスタイルのボケ担当、石田は「免許証返してもらったん?」「レクサスも売り払ったしな」などと要所要所で、事故をネタにしたボケを入れ、大いに観客の笑いを誘っていた。

一方で、ライブ当日は大雨の影響で、乗車していた大阪から東京行きの新幹線が立ち往生し、出演が別の芸人に差し替えられていたスーパーマラドーナ。観客が事前に知らされていた差し替えの情報とは嬉しいことに異なり、最後の最後で登場した。

スーパーマラドーナは事故の当事者ではないため、ネタ自体には事故ネタを入れることはなかったがネタに入る前、武智は「どうやら僕が乗る乗り物は何かとアクシデントにあうようです」と、事故当時ノンスタイル井上の車に同乗していたことと、新幹線の遅れを掛け合わせた自虐発言をし笑いを取っていた。

そんな事故ネタをノンスタイル以上にふんだんに入れ込んだのが、インパルスである。インパルスのツッコミ担当、堤下は出演の1週間ほど前に睡眠薬を飲みもうろうとした状態で運転をしていたことで謝罪会見を開いた。

ネタはボケ担当の板倉演じる歯医者さんと堤下が演じる患者のコント形式だった。しょっぱなから板倉は、「どうされました?もうろうとして何か怪我でもされました?」とボケをかまし、堤下の事件に触れる。

その後も、「牛乳で薬を飲むなんておかしいでしょ」と堤下にツッコませたり、睡眠薬でもうろうとした状態で車を運転する堤下を想起させるシーンを入れ込むなど、ネタの半分が堤下の事件に関連するものだった。

あまりにも事故ネタを入れすぎると、むしろ事故ネタだけで笑いを取ろうとしているのでは?という印象を抱く。さらに賞味期限が短いネタをこんなにふんだんにいれて大丈夫なのだろうか、とさえ心配してしまう。

けれどもその度に会場は爆笑に包まれる。通常のネタよりも、こうした後ろめたい自虐ネタの方が明らかに観客の反応はいい。誰もが触れにくい、けれどもそれを自ら笑いに変えて発言することで笑いを誘う。

お笑い芸人というのはなんてたくましくて、面白すぎるやつらなんだ。世間を騒がせた自身の事故ネタを笑いに変えることができるのならば、自分だって身の回りのネガティブな出来事をすべて笑いに変えて話したいものである。