梅雨は本当に憂鬱なもの?見方を変えれば梅雨だって嬉しい

知人に誘われて、千葉県の木更津農場行われた「森の案内人がガイドする森ツアー」なるものに参加してみた。どうやら自然きが集まる会のようで、山ガールなんぞに囲まれてしまったらどうしようなどと考えていたのだが、実際に集まった参加者の中に山ガールは一人もいなかった。


雨の日に森ツアーに参加する風変わりな参加者たち

木更津の森林を調査しているという稀有な調査テーマに取り組む地元の大学生4人組に、お笑いコンビ、スーパーマラドーナのボケ担当田中(メガネの細身)によく似た、東京の世田谷からやってきた風変わりな男。さらに狩猟免許を持つ夫に、若干年齢の割にはメルヘンチックにしゃべる妻という夫妻といったメンバーで構成されていた。

ちょうど梅雨真っ最中だったので、当日は朝から雨で、15人の参加者のうち大半は当日キャンセルしたのだという。運営側のメンバーもしきりに「本日は生憎の雨で・・・」と億劫そうに室内からサンサンと大地に降る雨を見やる。

森ツアーなので、とにかく外にでないことには始まらない。舗装されていない大地は、ぬかるみだらけで長ぐつなしでは容易に歩けない。自然と触れ合うのが目的だけれども、雨が降れば傘をさすか、かっぱを着るかで、足元にも注意しなければいけないから視界は自然と狭まる。

自然に飢えすぎて・・・

確かに雨の日は億劫だ。もしも私が日本にずっと住んでいたのであれば、彼らと同様の反応をしたに違いない。雨の日は外に出たくない派なので、むしろ当日キャンセル組になっていたことだろう。

けれども、雨や森林が極端に少ない国で暮らしていると別の感情が芽生えてくるのである。「わーい、雨だ」「雨は風情があっていいねえ」と言った具合に雨に対してむしろポジティブな印象を持つ。雨に濡れたくない、ではなくむしろ雨に濡れたい、濡れたってどうってことはねいやい、と思うほどに価値観の転換が起こる。コペルニクス的転回だ。

それに人間の体の7割が水分でできていることを考えると、雨の中にいるということはむしろ水との一体感を感じる行為である。

あまりに自然のヒーリング効果に飢え過ぎていた時は、音楽のストリーミングサービス「Spotify」で自然の音を選び出し、森の音や、雨が降るジャングルの音をただひたすら聴くといったシュールなことを行っていた。

自然がないと人間はどうなるのか?

無理もない。パラパラとした雨が年間で降る回数が、片手で数える程度なUAEに対し、日本では総務省統計局の調査結果によると2015年では全国平均で年に降水日数は124日と、ほぼ年間の3分の1を占めている。

また日本において森林が国土に対して占める割合は約68%。世界の森林率ランキングで、17位にランクインしている。対してアラブ首長国連邦では国の面積に対し森林はたったの3.8%で190ヵ国中163位にランクインしている。

雨や森林が豊潤な日本からUAEにやってくると、自然への欲望を異常なまでに抱くようになる。映画の中で登場人物が枯葉に埋もれた地面を何気なく歩いているシーンを見るだけで、たまらなく羨ましくなるのである。「くそー自分も枯葉の上を歩きてえー」といった具合である。

日本で生活をしているとあまりにも日常的に過ぎてスルーしてしまうが、私にとってはまるでサブリミナル広告のように、たいして重要性をもたない短い映画のワンシーンが頭に刻まれてしまうのである。

そんな雨+森林といった最強の日本の自然コンビに囲まれるということは、愛おしい瞬間の連続であった。パソコンを通じて聞いていた、雨や木々の葉が擦れ合う音がリアルに聞けるのだ。好きなアーティストの歌をCDではなく、ライブで聞くような興奮を呼び覚ます。

枯葉がふんだんに積み重なったふわふわの地面を歩く感触、落ちた小枝が足元でパキっと割れる音、雨で本来の緑がより強調された青々とした木々の色たち。ついその美しさを手で触れて確かめたくなる。土と木々の自然の香りブレンド。ちょっぴり酸っぱい木苺の味。雨の森を歩く時は、五感は大忙しである。


枯葉とキノコが作り出す美しい自然の色のコントラスト。地面には無数の生物たちがいる。

雨が降れば固い地面もぬかるみになる。土の変化とぬかるみの感覚がただ愛おしい。


森の奥深くにたたずむ神社


神社の周りを囲む凛とした木々たち

映画で見たあの枯葉の上を歩くシーン、「Spotify」で聞いたあの小枝の音・・・ホンモノだ。「非日常的」な感覚が次々と飛び込んでくる。

こんなに自然にいちいちクレイジーになっているのは私だけだろうと思いきや、思わぬ賛同者がいた。それが運営メンバーの一人であるシリア人だった。2年前から木更津に住んでおり、日本語も堪能。木更津の山奥でジャガイモを栽培している。当日は、「物欲」と書かれた感じTシャツを来ていたが、どうみても物欲感のかけらもない。

普段は、「日本なにそれ?」みたいなテンションのアラブ人に囲まれているため、日本語を話すアラブ人というのはなぜか滑稽に見えてしまう。そんな稀有なアラブ人もいるんだなあと。

そんなわけでなにがいいたいかというと、雨やら木に囲まれて生活できるのはなんて幸せなことだろうということだ。毎日雨が続いて当たり前になれば億劫にもなる。自然の影響で人間の生活に悪い影響が及ぶこともある。けれどもそれが当たり前で日常ではない人間にとっては、羨ましい生活なのだ。

東京に住んでいた頃は、緑や雨なんて当たり前すぎて、地味な登場人物もしくは、その存在すら見えていてもハッキリとは認識すらしていなかった存在だったけれども、今ではそれらが色濃く眼前にはっきりと存在感を持って現れるのである。 

 

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