やっぱり都落ち?先進国出身者が嘆くドバイの労働環境

どうもドバイで働くのはキャリアアップにならないどころか、むしろキャリアダウンにつながるのではないかという懸念がドバイで働き始めた当初からある。200国籍以上の人間が住むいわゆる多国籍都市では、その日本とは違う多様性の中で働くということにちょっとした興奮を最初は覚える。けれどもそうした興奮ははじめのうちだけで、しばらくたつと仕事での違和感の方が大きくなる。

限られた会社でしか働いたことないのに、ドバイで働くこと全体をキャリアダウンとのさばっていいものか、という意見もあろう。だからこそ、そうした疑念を払拭するためにスタートアップで働いてみたり、世界的なグローバル企業で働いてみたのだけれどもやはり結果は同じだった。


一方で主観的な意見に偏って、ドバイの労働環境は・・・と断定することを避けたいがために、まわりの同僚たちにも聞いてみてまわるが一様にして同じような意見がかえってくるのである。

名ばかりの管理職に悩まされる部下たち

もちろん日本でも年齢だけ重ねて、実力やスキルが伴っていない管理職というのもいるだろう。けれどもドバイではその傾向がさらに激しいと感じる。少なくとも日本において私が出会ってきた、マネージャーやディレクターといったポジションについている人は肩書きに見合う実力もあり、この人はついていきたい、学びたい、仕事したいと思うのが私にとっての上司像であった。

またマネージャーやディレクターに昇進するということは、それだけの実力を認められたということであり、そうした役職を目指す人間にとっては、日々スキルを磨いて上を目指そうという向上心の高まりにも通じる。

けれどもドバイはどうか。マネージャー以下の同僚たちに聞けば、一様に出てくるのはマネージャーとかディレクターに対して、その肩書きと実力のギャップへの疑問ばかりである。同僚のパリジェンヌだって、「普通は上司って、仕事もできて、この人と働きたい!と思うようなものでしょ。けれどもドバイは逆で上司はいつも反面教師なのよ」と憤る。その横で、小金持ちのようななりをしたインド人も「こいつみたいにはなりたくない、それがドバイにおける上司というものだ」と同意する。

もちろんすべてのマネージャーやディレクターがそのケースに当てはまるだけではないし、実際にこいつはすげえなと思う上司もいる。けれども10人中7人ぐらいの割合で、肩書きと実力が乖離した管理職の人間がのさばっているのも事実なのである。

外国人が8割の新興都市ドバイにおいては、40、50代の重鎮は極めて少ないし、役職が高いポジションは人材がそろっておらずそれほど競争率は高くないと見える。だから必然的に海外からやってきた30~40代の外国人がそのようなポジションに定着してしまうのである。

金がたまれば帰国、人が定着しないドバイ

無税天国、給料が高い、自国を飛び出して冒険したいといった当初は夢に満ち溢れていても、自国よりもマーケットが小さくまだ成長途上、玉石混交の人材が集うドバイにおいて、ドバイはもう十分。といってドバイを離れる人間も多い。というか大体がそのパターンだ。数年働いて金がたまれば、また自国へ戻るというのがお決まりのコースとなっている。

高待遇、無税、外国人が働きやすいといった好条件を持つドバイで、働きたい志願者は絶えないだろう。自国民の労働市場における競争力がまだ十分でないことから、一定のスキルをもった外国人労働者を受け入れることは必須なのである。だからドバイにとってみれば、人が定着せず入れ替わりが激しいことにより大きな打撃を受けるものではないだろう。

しかし一方で、この国をよくしようという野心的な人材が定着しないことにこの国が本当に発展していくのかという点は疑問である。国にとっては、一時的な労働力として外国人労働力を受け入れ、また外国人にとっては一時的な稼ぎ場所としてウィンウィンではあるが、長期的な国家の成長にそれがどう影響してくるのだろうか。

コネ社会で形骸化する肩書き

中にはとんでもなくその実力と肩書きがかけ離れた人間に出会うこともしばしばだ。そこそこ名の知れた企業だというのに、肩書きはマネージャーやディレクター。けれども業務についてはほとんど素人レベル。さらに悪いことには、口だけはうまいので自分の無知に気づかずして、プロフェッショナルに業務を遂行しようとする人間の仕事を妨害するのである。

こうした人間への説得や協働により、まともに仕事をしている人間の時間を奪われてしまうし、ビジネスの成果をあげる仕事も後回しになってくるのである。まるで小学生とビジネスをしているようであるが、大人の無知というのは純粋な小学生よりもたちが悪い。

アラブ社会はコネ社会でもあるため、特にアラブ人においてこのような傾向が見られる。決してアラブ人すべてがというつもりは全くないし、ちゃんとしたやつもいることも事実だ。けれども仕事ができる素養はあっても、年齢の割に経験や専門スキルが圧倒的に他の先進諸国の人間に比べると劣ることは否めない。

アラブ人優位のドバイだからこそ、なんとか保てている仕事にしても、それが先進諸国レベルになると、その競争に勝つことは難しいだろうという印象を受ける。アラブ人率が高いドバイにおいては、そうしたコネ入社ならぬコネだけの肩書き人間がおおいため、日本のコネ入社なんぞ可愛らしくさえ思えてくるぐらいだ。

実力よりもコネ。コネで上にいけるのであれば、努力して上を目指そうという向上心を持つことに虚しさを感じる。やる気も削がれる。けれどもそれはコネを持てるアラブ人コミュニティで生きる場合であればいいが、日本や他の国に行った場合にはやはり実力社会であるから、そんな状況でもやはり淡々とやるしかないのである。虚しさからどうやりがいへ転じさせるか、という果てしない虚無感との戦い、それが日々なのである。