何もやる気が起きない、興味をもてない。人生には波がある

今年の上半期は不調だった。昨年はドバイで激動の1年を乗り越え、おまけのソマリア旅行ですべての好奇心とやる気を使い切ってしまったのか、それとも仕事が不調でキャリア不安を抱える毎日だったからなのか。

いずれにしても、いまいちしっくりとくる理由が見当たらず、ずっと低空飛行を続けていた。厄年でもないとすれば、これは大殺界にちがいない。そう確信していた。


好奇心、やる気は睡眠、食欲の次に重要な人生のガソリンである、というのが私のモットーではあるのだが、どうも調子が乗らない。しかも数日ではなく、それが数ヶ月単位でつづくと、われながら心配してしまう。

あんなに興味があったソマリアも今年の上半期には、「ふーん、そんなもんかい」と言い出す始末だし、新しく何かをしようという気すら起きない。仕事でも上昇志向を失い、目の前の仕事にたんたんと埋没するだけだった。もがいて、やる気をキャンプファイヤーのように一気に焚きたてる方法はないかと探るものの、結局は不発に終わる。

そんな上半期だったが、次第に様子が変わり始める。これは何かの波が来ているんじゃないか、と確実に認識できるほどに私を取り巻く環境がかわっていったのである。

一番の大きかったのは仕事だろうか。転職する気力すらないし、なんか仕事に対して意欲がわかない、といったところに舞い込むようになったのが転職のお誘いである。日本の外資系転職エージェンシーから、求人を送りつけられるのは毎度のことだけれども、その量がいつにも増している。

しかも、ドバイの企業の人事やヘッドハンティング会社からもお誘いがちらほら舞い込むようになった。当初はこちらからコンタクトをしても、スルーされていたというのに。ドバイに住んでもうすぐ2年ということで、ようやくこちらの人材業界に相手をしてもらえるようになったのだろうか。

その中には自分が今まで考えていなかったような方向性を示す求人もあり、それを見てもしかしたら自分がやりたいのはこういうところなのかもしれないと思うようになった。自分のことなのに、自分がやりたいこと、進むべき道が見えなかった。けれども他人から提示されればそれが自分のやりたい、目指すべき方向なのだとストンと腹に落ちた。

そこから仕事への意欲とやる気が徐々に湧き上がってくる。それと同時に、仕事以外で自分がやりたいことというのも再び勃興するようになり、生きることにメリハリがでてきたのである。

ほそぼそと続けてきたブログでも、その時期からとたんにお問い合わせが増え(就活や異動の時期だからなのだろうか?)、顔の見えない主たちとのやりとりを続けるうちに、見過ごしていたドバイの日々の生活に再び、面白みを持ってみれるようになってきた。

さらには、勝手に冷戦宣言をして敵視していた同居人、永沢くんとの和解。永沢が関わるアフリカファッションビジネスへのお誘いを受けた。会社はコートジボワール出身の永沢くんの友人3名+永沢くんの計4名より構成されている。

コートジボワール人3名のうち2人はアメリカで働いているという。しかも仕事先がグーグルとゴールドマンサックスというこれまた、アメリカでバリバリ活躍してそうなやつらだ。残り1名は、トランプ政権に代わりアメリカでのビザが取れなくなったためコートジボワールに滞在中だという。

というわけでアメリカ、コートジボワール、UAEという3大陸を結ぶ不思議な形態。今の世界だったらごく普通かもしれないけども、それでもますます自分と違う環境の人間と働くのは楽しくもあり、面白くもある。

生活の同居人という点ではいまいちだったが、仕事、ビジネスを語れる同居人という新たな一面を見出すことにより、冷めきった生活に春が訪れる。

人生、いつもそんな感じだったら幸せなことこのうえないが、やはり落ちる時があってこその調子が良い時だ。やる気がわかない、気力がないときは何をしていてもダメだったが、そんな調子でも淡々と毎日を過ごしていく。そうすることで、上がり調子の波に乗れるのだ。それは自分で起こすことができない。だからこそそこに、神の見えざる手を感じてしまう。

ちなみに財布にしたためていたおみくじ(大吉ではない)を見返してみると、「このクジ運の人は特に辛抱が大切。助けなき時も神を信ずれば福運はその後に必ずやってくる相あらわる」と書いてあるではないか。

熱心なおみくじ信者としては、ますます見えざる神を信仰してしまいそうである。次は下半期のみくじを引きに行こうと思う。