さようならドバイ、27歳の決断

幾度となく心の中で、この「さようならドバイ」とつぶやいたことだろうか。ドバイ在住者によるブログを見ると、だいたいこの手のタイトルがついた記事を最後に、更新が途絶えていくケースが多い。みなドバイを離れて日本に帰国し、日本の日常へ戻っていくようだ。

そんなドバイ生活の締めくくりを常に念頭において、生活を続けてきたわけだけどもそろそろ自分にも決断せざる得ない時がきたようだ。


駐在員でない限り、自分の意志で滞在期間や帰国のタイミングを決められるのが現地採用のいいところだといい、好きなだけドバイにいられるんだぜ!といったことを当初は強調していたと思う。

しかしやはり海外生活にも現実あり、苦あり。むしろ、滞在していなければならない、という命令がなければいとも簡単にこの土地から去ってしまいたい、と思うこともしばしばである。

それは、海外就職をしたい、中東で生活したいと切望していた頃に比べるとまったく予期しない感情だったのだけれども、やはり一度海外に出てみるといろんなことが見えてくるので、きれいごとだけでは済まされない。

しょせん、海外就職は夢心地だけを与えてくれるディズニーランドではないのだ。本来のネズミ性を失い、害のないキャラクターとして確立したミッキーやミニーに囲まれて楽しい時間を過ごすことだけがキラキラ海外生活ではない。愛くるしい無害なキャラクターだと思っていたのに、時にはそいつらに噛みつかれながら、生活していくのが実際の海外生活というものである。

今までは海外就職だけを目標としていたが、それが達成されるとまた別の視点が見えてくる。私の場合は、人生において真に自分がやりとげたいことは何なのか、自分の幸せスイッチはどこにあるのか、といったことをひたすら突き詰めて考えることだった。

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もしかしたら日本で働いている方が幸せなのかもしれない

その点において、自分が人生において重視していたのは、バリバリ仕事に邁進することであった。仕事のやりがい、といっても差し支えない。仕事だけの人生は嫌だけれども、仕事が大好きだ。決して、よくある長時間残業で毎日ボロボロになるまで働くわけではないけれども、少なくとも自分がキャリアアップできて楽しいと思える至極平凡な欲望である。

その意味において、ドバイの仕事感環境というのは少なくとも私にとって、いささか物足りないものだった。効率的な仕事ぶり、脳をフル活用させてビジネスを成長させていくというワクワク感。しばらく人肌に触れていないなあ、というあの久しい感じにも似た、仕事へのやりがいへの焦燥感。

それはドバイにきた当初から感じており、もしかしたら会社の規模のせいなのかもしれないと思い、中小企業から大企業へ転職してみたわけだけども状況は変わらなかった。もちろんドバイにはあまたの会社があるわけだけども、すべての会社で働いてみるわけにもいかないのでとりあえず規模が違う会社を試してみようと思ったのである。

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ドバイの名誉のためにいうが、ドバイの仕事すべてがワクワク感に欠けるというものではない。むしろドバイだからこそできる仕事、たとえば建築家、といった職種についている知人なんかは日本で働くよりもずいぶんやりがいを感じているらしい。

すでに建物で土地が埋まっている国よりも、砂漠だらけで新しい建物やまちづくりを自分の手でおこうなうことができる、建築家という職業にとってはドバイやりがいのある仕事ができる都市なのである。

一方の私。このままでは単に会社で働いて、時間つぶしをしている人間にしかなれない。スキルもアップしない。果たして次への転職ができるのだろうか、と不安になる日々。

そんな時にちょうど読んだのが、クーリエジャポンというウェブ雑誌に掲載されていた若者心理の専門家が語る「30代以降に『逆転』できるかは20代の過ごしかたで決まる」という記事だ。「人生は20代で決まる」なんていう、やや20代を崇拝しすぎているような、過激派な著者による記事にも見えるが、こんなことが書かれていた。

脳が著しく成長するのは20代までだ。感情のコントロールを覚え、自分がなりたい人生のイメージを確立する最後のチャンスである。

この時期にやり残したことが多いと、人生のプレッシャーは大きくなる。金を稼ぎ、結婚して、家を買い、大学院に行って、起業して、教育や老後の資金を貯め、子供を持つ──これだけのことを、残された人生でやり遂げなければならない。これらの目標のなかには並行してできないことも多い。就職や結婚を先延ばしにしても、30代ですべてを同時に叶えることが難しくなるだけだ。

20代は、子供と大人のあいだで宙ぶらりんの状態どころか、人生でたった一度しかない大切な10年間なのだ。

人生が思うようにいかず、自分の20代を無駄に過ごした30歳は嘆く。どうしてもっと早く、本当のことを教えてくれなかったのか、と。

クーリエジャポン 若者心理の専門家が語る「30代以降に『逆転』できるかは20代の過ごしかたで決まる」より参照

そういえば、自分は御歳27歳である。となれば20代としての残された時間はたった3年。その瞬間から、30代になっても時間はあるさ〜とあくまで20代の延長線上としてとらえていた30代になることが一つの区切りであるように思えてきたのである。

時はこのまま平等におだやかに流れるのではなく、残酷にも昭和と平成といった年号で時代がぶった切られるように、確かな境界線がそこには存在するのである。

とならば、人生でやりたいことをすべく行動を起こさねば。ドバイに見切りをつけて、仕事をやめて、自分がやりたかったことをやりたい。そうとくれば、これからやってくる無職生活のために貯金をしてさっさとドバイを発とうと決めたのである。仕事を失うこと、キャリアを一時中断することによる恐れにも、ゆるがない決断であった。そう、すべては自分の人生の目標を達成するため。

けれども天だけはその決断を揺るがした。別にイエスさまなんてものを信じているわけでもないけれども、やはり人生の節々でこうした目に見えないものに運命を動かされていると感じる時がある。

いくつか転職面接を受けていたのだけれども、うまくいかずさっぱりだなあと思う日々が続いていた。けれども、ある転職エージェンシーからたまたま紹介された企業で、どうせこれもダメなんだろうなあと思いながら行った面接。

まさかドバイでこんなにキャリアについて熱く語る人間がいるとは。この事実にただ驚愕した。それほどキャリアの話は、ドバイ市民の会話にはあがらないのである。その男は、南アフリカ出身でイギリス、香港などで名だたるグローバル企業相手に仕事をしてきた人間である。

「もしこの会社を去る時があれば、それは俺がドバイを去る時だ。それほど俺にとってこの会社で働くことは自分のキャリアにとって重要な意味を持っている。」

それほど熱心にキャリアや仕事のやりがいを語る男を前に、私もある決心をした。

「もしこの会社に受からなければ、ドバイを去ります。それほどまでに私は自分のキャリアに対して真剣なんです」

そうは言ってみたものの今までの惨敗経験からたぶん受からないだろうなあと思っていたし、すでに自分が人生においてやりたいことのために、ドバイを去る決心はできていた。

そんな私の決心とは裏腹に、天は別の道を示したのである。おまえは、ドバイにもうちと在留せよ、と。そんなわけで天の思し召しにしたがい、ドバイでもう1社だけ働いてみることにした。ということでドバイ在留が延長してしまったのである。

それとタイミングを同じくして、同居人の永沢くん(しばらく口をきいていなかった)より、面白い話が持ち込まれた。サイドビジネスとして、アフリカのファッションビジネスを世界展開する仕事をやっているんだけど、そのサイトのマーケティングをやってみないか、という話である。ドンピシャの専門分野じゃないか。

サイトを見せてもらう限り、これはかなりハイセンスだ。アフリカのコートジボワール発のファッションとのこと。ドバイで見かけるアフリカ人の独特なオシャンティぶりには、ひどく感心しており常々興味が持っていた。まさかしがない永沢よりこんなワクワクする話が持ち込まれるとは。ドバイに在留する理由がまた1つ増えてしまった。このビジネストークよりしばらく続いていた永沢との冷戦状態も、和解へと向かっていったのである。

ドバイに在留するという判断が正しいのか、という迷いもある。未だドバイを経つ決意は、ある。けれどもここは、見切る前にもう1回やってみようじゃないか。そんなことで、結局ドバイにまたしばらく(といっても最高2年ぐらいだろうが)在留することを決心してみたのである。