頼むからメシを恵んでくれ!それでも男はドバイ就職をあきらめない

会社の平穏な昼休み。ドバイではおなじみの人工ヤシの木の下、これまた人工のふわふわの芝生の上でたそがれていた時のこと。

「よお、姉ちゃん。景気はどうよ?」。声をかけられて一瞬自分に話しかけているのか分からなかったため、2度目の呼びかけにあたりを見回して、他にねえちゃんらしき人もいないので自分のことだと分かり声の主の方を振り返る。


男はまっさらな白い長袖シャツにドバイでは珍しいネクタイをしている。一見ビジネスマン風の男だ。しかし手にはオレンジ色のペラペラしたプラスティックファイル。デジタル全盛期のご時世に、紙をしまいこむファイルなんぞを見たのはなん年ぶりのことだろうか。

「俺はよお、今仕事を探してこの辺を歩いているんだが・・・なかなかドバイで仕事を探すというのは難しいねえ。人生なかなかうまくいかないもんよ」

といって男が直面しているであろう現実問題よりも、口ぶりはずっと軽い。私が働くオフィスは、日本でいう六本木みたいな場所で、Googleやサムスン、マイクロソフト、ロイター通信、BBCといったIT、メディア系の会社が集まっている。六本木というのは建前の話であって、実際はそれほどガツガツとした奴が集まっているわけでもなく、街の雰囲気も市ヶ谷ぐらい閑散としている。ドバイのオフィス街なんてこの程度なもんである。

「はあ、まあそないなもんでドバイで仕事を探すというのは難しいもんでっせ。私も経験したのでよう分かりますわ」

などと気の無いあいづちを適当に打ちながらも、男の身の上話は止まらない。むしろ調子づいてきたのか、

「もうこうして歩いて4ヶ月も仕事を探しているんだが、一向に見つかる気配がねえんだわ。向こうから電話します、なんていったってかかってきた試しはねえ。それがもう10件以上も立て続けに起こっているわけよ」

分からなくもない。男の力量やアプローチ方法にもよるがドバイではよくあることで、さほど深刻性を持ったことには聞こえないし、同情する振りをしながらもプラスティックファイルをぶらさげて就活をする男に、ドバイでまともな職につけるのであろうかということも疑問である。

あからさまに男は、オフィスをアポなしで訪問し職を探し求めるという原始的な方法をとっている口ぶりだったので、

「リンクトインとかネットでめぼしい企業を探して応募する方法はもう試したの?」

と聞くと、男はすでにお試し済みだった。それで、この結果である。若干、道端就活相談に乗ることもあきてきて、世間話はこれにて収束するであろうと思ったら、

「なあ姉ちゃんよ。オレ、昨日から何も食ってないんだわ。金もないし。なんか食うものか水でもくれないかなあ」

と突如として男は物乞いとなり、見も知らぬ私にたかり始めてきたのである。しかし堂々と食べ物と水を恵んでくれという突然の要求にたじろいだ私は拒否権を発動する暇もなく仕方がなく、それならオフィスに戻って、財布を取ってくるからそこで待っとけ、といって男をオフィスビルの玄関先で待たせた。

「おおおお、ねえちゃん。ありがとう。神のご加護がありますように」

と白々しく男は、求めてもいない神のご加護を押し付けてくる。ご加護なんかいるかいな、と思いながらオフィスのビル内にカフェがあったため、そこで軽くメシでもおごるかと思っていたが、一応何が食べたいかと聞く。すると男は、

「KFCかマックがええな」

と食べられればなんでもいいという回答を期待していたのに、物乞いのくせにちゃっかり注文をつけてきやがる。こいつ本当に物乞いなのか?

そんな物乞い兼哀れな求職男に対して、なんだか猜疑心がわく。こいつはこんなフリをして、他人にただメシをおごってもらっている物乞いの振りをした詐欺師なのではないか、と。私は聖人君子、マリア様ではないので、とことんこのような人間を疑っては難クセをつけるのである。

まあこいつが詐欺師だとしても、被害総額はたかがしれている。と思い直して、近くのKFCヘ男を案内する。ファストフードといえば、安いのがウリだがメニューの中になんと3,000円もするコンボメニューをみつけて、こやつ腹が減りすぎて高いコンボメニューを頼むではないのか、とヒヤヒヤしながら男の注文の時間を待つ。幸いにして男が頼んだのは、チキン3つとコーラという腹が減りすぎて物乞いをし始める人間には見合わない、普通のメニューだった。

メシもそろったことで本格的な就活相談兼身の上話を聞く会がスタートした。

男はしきりに俺は南アフリカの出身だ、と言っていたが履歴書を見ると職歴も教育を受けた場所もすべてナイジェリアであった。母親がナイジェリア生まれで、ナイジェリアで教育、働いた後、南アフリカに引っ越したのだという。けれども、これは新手のナイジェリア詐欺に違いない。と偏見にまみれた哀しい私は思った。

男がしきりに南アフリカ出身と主張することから、どうもナイジェリア出身だということに後ろめいたものさえ感じる。

男は自慢げに、英語を教えていた経験もあるから先生用の履歴書とデザイナー会社で働いていたときの経験を売りにするための、自称IT系の履歴書を持ち歩いているのだという。職歴は8年ということだが、男は職歴に見合わずずいぶん若く見える。同世代ぐらいだろうか。

履歴書は、そこそこ採用うけするような履歴書に選ばれてふさわしい言葉であふれていた。けれども男の経歴と釣り合わずに、どこか言葉だけが一人歩きして空虚なものであった。

受けてきた会社もまともである。むしろ私と同じ業界ではあるので、打ちどころは悪くない。

「あんたさあ、4ヶ月も仕事探して見つからないんだから、国に帰ることを考えたっていいんじゃないのさ。ドバイでみじめったらしく仕事さがして、見ず知らずの人間に物乞いするぐらいなら国に帰った方がずいぶん楽な暮らしができるんじゃない。まずは明日のメシを食べるためのお金を稼ぐのがあんたのやるべきことでしょう。」

というと、

「それはダメだ。男ってものがたたねえだろう。姉ちゃんみたいな女には分からんかもしれんが、男はやるときゃやらなきゃいけないわけよ。これで国に帰ったって何にもならねえだろう。せめて仕事みつけてドバイでいっちょまえに働くのが男ってもんよ。」

他人にメシをおごってくれという男が、なぜかいきなりここに来て男の意地を出すのか。メシをおごってくれと物乞いする時点で、男である以前に人間としての尊厳を損なっているような気もするが。

なぜそこまで意固地になれるのだろうか。アフリカやアジア、欧米の誰もがドバイに来て母国よりもずっといい暮らしをしたい、というドバイドリームを抱えてやってくる。けれどもそれはドリームなのであって、夢に敗れるものもいることは確かだ。日本人だってそんな夢を抱えて、惨敗した若者もいる。

けれどもドバイはもっとシビアだ。人材紹介会社、ロバートウォルターズの調査によると2017年の第一四半期の求人数は同じ時期の2016年度と比較し33%減ったという、ドバイドリームを夢見るものには好ましくない現状もある。ドバイで戦うための戦闘力なくして、この戦場では生き残れないのである。それは誰にでも平等だ。けれども、生まれた環境や国で平等になれないケースもある。

正直に男の履歴書から判断すれば、この戦闘力でホワイトカラー職につくのは知人のつてがない限り分が悪すぎる。そこで思い切って、とにかくバイトでもいいから仕事につくことを勧めてみる。警備や飲食の仕事であれば、当分くいつないでいけるんじゃないかと。男に必要なのは、ホワイトカラー職ではない、物乞いなんぞしなくとも人間として尊厳を持ちながら生活するための金なのだ。

けれどもそこでも不穏な空気が漂う。警備会社の仕事にも応募したのだが、4日後に連絡するといってそれっきりだという。男は悔しさ紛れなのかとにかくドバイでは何事にも時間がかかるのだ、と愚痴をこぼすがそれは私のドバイに対する印象とまるっきり逆である。

会社であれば、すぐにでも来て欲しいというのが常だし、家探しの時にも翌日入居じゃないとやだね、なんて断られるぐらい考える時間やゆとりを他人に与えさせない、それが私の印象である。相手にされていないことをこの男はどうやら愚痴としてはきこぼしているらしい。

一向に就活の終わりが見えずに堂々めぐりになってしまったため、そろそろ仕事に戻らねばと告げると、

「この通りお金がなくてよ。帰りの電車賃もないぐらいなんだ。姉ちゃんなんとか助けてくれないかな」

仕方がねえな。とんだヒモ男に捕まっちまったと思いながらも、現金600円ほどを渡す。東京でいうならば、自由が丘と渋谷間を5往復ぐらいできる金額である。

そして男はまた白々しく、

「おおおお、神のご加護が姉ちゃんにありますように」

といってお礼の代わりに将来のご加護をいただいた。神が本当にいるなら、まずはこの男にご加護をやって欲しい。

KFCのチキンを食べ続ける男を後にして、仕事場に戻る途中ふと思い出した。

あの男の名前は一体何だったんだろう。それに、後でIT系の履歴書を送りたいからメールアドレスを教えてくれなどといっていたのに、あいつは聞かずじまいで終わってしまったじゃないか。あの男は本当に仕事を探していたのだろうか。単にメシをおごってもらって話を誰かに聞いてもらいたかったのだろうか。

とんだ抜けた野郎だな、と思いながら再び私はオフィスの自席について仕事を始めた。