海外在住者のジレンマ。葬式で緊急一時帰国する?

ピンポンパンポーン。「悲しいお知らせです。おばあちゃんが亡くなりました」。昼下がりの平穏な仕事場。私のデスクに無造作に置かれた携帯に、無機質的にただその文字だけが並んでいた。

ここで帰らなければ人間じゃねえ

その知らせを受けて、小雨程度の涙が自然現象的に流れる。その雨が乾かぬうちに、次に起こした行動が当日最短で日本へ行くことができる便を海外航空券サイトで検索することだ。


帰らない、という選択肢はない。帰るために最短、最速で、目的地に到着するというのがその時点から課せられた私の使命である。

海外在住者ならば、そうした身内の不幸があったとしても、現地での生活、家族、時間の関係上、即時に帰るということを踏み止まらせる要因にここでぶつかるのだろう。

けれどもこの時代。世話になった家族の最後に立ち会うためであれば、飛行機だってものの5分で予約できる。いかに航空券が高くついたとしても、仕事があったとしても家族の最後を見送ることに勝ることはないだろう、と私は考えている。

仕事は自分じゃなくてもできるし、というか人の命より大事な仕事なんてあるわけないだろ。金なんて無くなったらまた稼げばいい。けれども最後の瞬間はそれっきりなのである。

ここで帰らなければ人間じゃねえ。

このスローガンに突き動かされて、とりあえず私は4時間後のフライトに乗り込むことにした。逆算すれば1時間半前には空港につかなければならない。空港までは多く見積もって1時間弱。会社を早退し、家に戻り支度する余裕は一応、ある。

海外の会社に忌引き制度があるのかどうかも一瞬気になったが、無給でも死なねえだろということで上司に一通り説明。家族の死で、数日会社を休むということが海外で一般的に受け入れられていることなのかと気がかりではあったが、ここは周りの認識ではなく自分の人間としての倫理観を優先させることにした。

だからどう思われたっていい。とにかくあたしゃ一時帰国するよ。

いつかは別れが来るだろうと思っていた。そして海外に住んでいると家族でさえも死に目に会えない、という話もよく聞く。以前パレスチナで出会ったボランティアで生計を立てていたメンの言葉を思い出す。

「海外にいて辛いのは親とか家族の死に目に会えないことだよねえ」

けれども、海外生活をする上で少なくとも自分はそうした後悔はしたくない。大事な人間の最後には必ず立ち会いたいと決めていた。

家にいったん戻るも自分にある時間は5分。「天空の城ラピュタ」でドーラおばさんがパズーに「40秒で支度しな」というあのシーンが蘇る。40秒ではないもののあのようなシーンがリアルに再現されるとは思いもよらなかった。

まさかのフライトの遅れ・・・最後は神に祈るしかない

一番早いフライトがシンガポール経由だったのだが、シンガポール空港での乗り継ぎ時間がたった1時間しかないというのに、ドバイ発のフライトはなんと40分の遅れとなった。

シンガポール航空職員自らが胸をはって、

「飛行機の遅延はシンガポール航空では例外なの。めったにはないんだけどねえ」

といって、あくまで通常は時間通りに運行するデキる優等生航空会社であることをアピールする。そうした異例事態のときに限って、必ず時間通りに運行してほしいときだったりする。これを逃したら、葬式にも間に合わなくなるかもしれない・・・絶望的だ。

こういう切羽詰まった場合だと、以前の私ならすぐ腹を立てて「こんな重大な時に・・・」と空港職員を責めていただろう。実際に数年前、スーダンの空港で職員と喧嘩したことがある。

けれどもその時思わず自分の口から出たのが、

「まあ、インシャアッラー(神が望むなら)だな」

といって職員の笑いを誘った。

どうにもならない時は、とりあえず神(アッラー)の思し召しに従えばいい。間に合わなかったらそれは神が望まなかったことだし、間に合ったらとりあえず葬式には参加しろ、という神の意向なのである。

神にまかしちまえば、間に合わなかった自分や遅延したシンガポール空港を責めることはないので楽である。

スーダン空港での話に戻ると、航空券を発行するための機械が壊れたということで職員が手動で航空券の発行を行っていた。乗り継ぎがなければ、はいそうですかと気長に待てるが、次の経由地ドーハでの乗り継ぎ時間は1時間半。

すでに1時間以上もチェックインカウンターに並んでいる。人生史上初の乗り継ぎ失敗に恐れをなした私は、空港なのに航空券発行機が壊れるという空港の機能をなしていない状態に錯乱して、空港職員につっかかっていた。

「これじゃあ、乗り継ぎに間に合わなねえじゃん。どーしてくれんだよー」

と初めは控えめに礼儀正しい抗議をしていたが、

「まーインシャアッラーだな」

という空港職員とのこのやり取りが何度か続き、一向に話が進まないので終いには、怒れるクレーマーと化し、

「ふざけんじゃねえ。何がインシャアッラーじゃ。そんなもん通じるか。なんとかせい」

と数年に一度しか噴火しない怒りを爆発させて、アンチ・インシャアッラーな態度を取っていた人間である。

そんな人間が、自ら

「インシャアッラーだよね、なんくるないさー」

と発するとは。どうやら私も気づかないうちにどこかアラブ化してきたらしい。

お腹がぺこぺこだったので、空港内のレストランで食事をとる。初めて知ったがドバイでも空港内であれば酒が普通に飲めるらしい。アラブのおっさんがちびちびやるのを横目に、私はバーカウンターでビールと牛肉が入ったピリ辛台湾麺でとにかく腹を満たした。

空の上でアラサー女、ひとり泣く

といったん神に任せてみたものの、機内ではひたすら到着時間やルートを執拗なまでにチェックをし、最悪乗り継ぎに間に合わなかった場合どうするかというシナリオまで考えて一人鬱に浸っていた。通夜や葬式に間に合わなかった場合、日本への帰国が無駄になるんじゃないか。

この時初めて、海外在住者が通夜や葬式に間に合わせることの難しさを感じた。特に国際空港がない場所だと、新幹線、国内飛行機、電車なども合わせて乗り継ぎを考えなければいけない。そして、だいたいにしてそうした公共の交通機関は、夜中には運行していないのである。

飛行機1つ乗れないだけで、かなりの時間的ロスが発生するのである。

そんな鬱により、なんだか泣いていると客室乗務員のお姉ちゃんが何も言わずにナプキンを差し出してくれた。機内食はいただかず、ただ白ワインだけをもらった。このわけのわからない状況をとりあえずアルコールで押し流したかった。

と同時に自分はなぜここにいるのだろうという感覚に陥った。物質的には自分は日本行きの飛行機に乗っている。しかしそんなことは4時間前の自分は想像もしなかったわけで。

その夜は、久しぶりにディナーの新メニューをこしらえて一人の空間を楽しむ自分を想像していた。そしてその次の日も会社に出勤して働いている自分しか想像していなかった。

けれども、いきなり私の身体という物体は飛行機の中に連れ込まれて、日本へ向かっている。人は予想と大きく違う現場に置かれたとき、認知が物体の置かれている状況に追いついていないという状況が発生するらしい。

これは、まさしくワープするという感覚に近いものがある。物体は着実に移動しているけども、認知レベルではいきなりドバイから日本に瞬間移動しているようなものなのである。

それにしてもシンガポール航空の客室乗務員のお姉ちゃんは、同じ塩顏でもキャセパシフィック航空のお姉ちゃんとは随分違う。どこか押しの強さを感じる。シンガポール航空の決まりなのかわからないが、「カバンはちゃんと下にいれろ(入れてるのに)」、「窓はちゃんと上まであけい(ほぼ空いている状態なのに)」やたらと指示が細かい。

フライト時間が短いというのもあるだろうが、やたらこちらも小忙しい。

おしぼりを受け取り、ナッツを受け取り、ジュースを受け取り、おしぼりを回収してもらい、食事のメニューを配られ、機内食を選び・・・・

ゆっくりしたいのに、サービスという名のアトラクションが多すぎておちおち寝ていられない。まるで口うるさい母ちゃんのもとで生活する子どもの朝の一場面である。

はい、顔あらって。ちゃんと食べて。歯磨きもちゃんとして!ハンカチもった?

砂漠から日本の雪国へ20時間でワープ!

どうやら神への祈りが通じたようで、結果的に日本へのフライトに時間通りに滑り込むことができた。まあおおよそのことは、なんとかなるものらしい。

しかしシンガポール空港というのは非常に近代的な場所だった。たった数十分しかいなかったけれども。その効率的な乗り換えシステム、職員の言動に文明を感じる点、衛生への配慮。自分が発展途上国に住んでいるのかということを思い知らされる。

日本に無事到着。けれどもまだ歩みは進めなければならない。電車を乗り継ぎ、新幹線のある駅へ。ここまでくれば、通夜、葬式に間に合うことは確実だ。

あまりにも急いでいたのでドバイでの仕事着のまま着てしまったのだが、ここで日本の寒さが一気に体内へなだれこんでくる。

よく考えてみれば、気温20度+冷房という環境に適した格好で、気温10度の真冬の日本に来てしまったわけである。まあこれもワープの醍醐味でもあるが。

しかしひとまず通夜、葬式には間に合いそうだ。暖かい新幹線の中。仕事で移動するリーマンに囲まれながら、「プシュッ」という発泡酒のはじける音を懐かしみながら、ワープに興奮する身体を席に沈み込ませた。