年齢=彼氏いない歴のアラサー女子、異性との2人暮らしを始める

ドバイで一人暮らしする金もねえ。大多数の外人と暮らしていく器量もねえ。そして年齢=彼氏いない歴のこじらせ女子が2017年冬、赤の他人の外人と2人暮らしを始める。

ルームメイトとのお見合い

とにもかくにも2人で暮らすという形態なので、みんなと仲良くできるかというよりももう1人のルームメイトと問題なく暮らせるかという方が重要であった。そのため内覧時に家のオーナーからマッチングを見るための「ルームメイト見合い」をすすめられた。


恋愛経験のない私にとっては、異性と2人きりでくらす=同棲、もしくは現代風にいうならば「逃げ恥」みたいな生活になるんじゃないかと内心ドキドキしていた。ここが恋愛経験のないアラサー女子のイタいところである。

また以前のルームシェア体験から異性と暮らすことに軽くトラウマを抱いていたので、次のやつはデリヘル嬢を家に招いてananしないだろうか、性欲処理はどうしているのか?と聞くべきだろうか、いやそれはあまりにもデリカシーのない質問か、などということも真面目に考えていた。

相手はインドとフランスのハーフというこれまたヨーロッパとアジアが合体しちゃうというよく分からないモノだったので、無駄に空想することをやめた。そして真人間でありかつルームメイトにふさわしいキレイ好きでフレンドリーな人間を演じることに徹した。

しかしそんな人間の偉大な心配や妄想をよそに、実際にはそんなロマンスもクソもないのが現実である。デリヘル嬢の心配もいらない、ごく普通の自称キレイ好き野郎だった。意外に乙女な私でも、恋心はどうにも湧きそうにない。そんな希望的、そしてリアリスティックな観測を抱く。 そして2人暮らしのロマンスに憧れとさよならを告げ、どう真人間としてこの野郎との2人暮らしを快適に過ごすかということに意識をシフトさせた。

異性との2人暮らしにおける生活戦略

入居が決まってから、はてどのような形でこの違和感ありありな異性との2人暮らしをしようか、ということに考えを巡らせていた。 別に男と女、という関係性においてではなくて、あくまで赤の他人と2人きりで暮らしてどのような関係性を築こうかということである。

大多数の外人たちと暮らしていくことにほとほと疲れていた、内向的人間として、いかに1人暮らしに近い状態で気を使わず、自由きままに生活をするかということに重きをおいて編み出したプランが以下のようなものである。

プランA  空気な人間関係

フレンドリーでよくしゃべる人間を演じるのは、精神的負担が大きく数ヶ月は続くが半年はもたない。そこで編み出したのが、現実に存在する私と弟の関係性モデルである。

我々は長いこと兄弟であり、同じ家で暮らしているにも関わらずいつの頃から全く言葉を交わしていない。お互い空気のような存在だ。

仲が悪いというわけではないのだが、いつのまにかどう言葉を交わせばよいのかわからなくなったのである。そんなわけで、異性でも親族でも空気のような関係が成り立ち得るのだということで、ルームメイトを空気だと思って気ままに過ごすプランである。

プランB  英語を勉強したい学生

10年前の学生だっところの自分を思い出し、英語がしゃべりたいがために外人に無用意に近づいて、英語を磨こうという自分を憑依させ外人と関わることを促すというシナリオである。

別に英語なんかどうでもいいのだが、自分の中に残るほんの少しの向上心をすくい上げて、「英語を勉強」というところでモチベーションをあげ、他者との交流を促そうというプランである。

プランC  意外とどうにかなるんじゃね

内向的人間は複数人と同時に交わることが苦手である。しかし1対1における関係性ならば会話を深く掘り下げて関わることができる。まさにこの2人暮らしの形態は、内向的人間の強みをいかすのにぴったりである。 というわけで、別に違う人物やフレンドリーさを演じずともそのままの自分でなんとかいい感じなるんじゃないか、という楽観的プランである。

プラン D 他人との共生関係を学ぶ場

ここは真摯に学び場であり、人間のキャパ強化の場と捉えよう。文化もジェンダーも異なる相手と住むことによって、基本的な外人に対する対人能力を強化しようという取り組みである。

具体的には、日本では「あ・うん」で済まされることをいちいち言語化して、コミュニケーションをとる。「元気?」「週末何するの?」といったものに代表される海外のスモール・トークコミュニケーションを強化するといったことである。 と同時に気を使う前に、言わずに不満としてためる前にどれだけ自分が言語化してアウトプットできるかを訓練する場でもある。

これは2年前にめちゃくちゃ当たる占い師に、「あーたは不満や怒りをためすぎないように。ためすぎて人に迷惑をかけることがあるから」と言われて以来意識をしている。

そもそもこんなどーでもいい戦略を考えている時点で、ヘタレ女子確定なのだが人生はまだ長い。新しい自分を発見するという意味で、プライベートをなげうってでも、自分の嗜好に反した場所に身をおいて、人体実験をしてみようというのがこの本企画である。