ドバイで働く人間のジレンマ。海外生活に慣れるか否かの分かれ目は?

ネイティブ英語ポリスこと元ニュージランド人の上司がドバイを去ることになった。てっきりドバイに残り転職活動をするものかと思いきや、会社の都合でドバイの外へ強制退去になったらしい。具体的なことは分からないが、ドバイに来る際に会社に航空券を手配してもらったため、会社を去る時にも会社により国外行きの航空券を勝手に手配され、強制的にドバイを去ることになったらしい。

こうした腑に落ちない制度がドバイ、もしくは海外に住む時の一種の脅威のように感じられる。


自分が法律や決まりをすべて把握しているわけではないし、制度もころころ変わる。その中には、今までの常識では全く信じられないもしくは考えられないこともたくさんあるのだ。であるから、いつ何が起こるか分からないという見えない不安があるのも事実ではある。

出発前に会うことができたので、国外退去という制裁を受けての心境を聞いてみた。

出発前日だというのに、手元にパスポートがなく、会社が拘留されていると憤慨していたネイティブ英語ポリス。こうした人をハラハラドキドキさせるのもドバイなのである。

続けて出てきたのは、ドバイで働く人、会社への罵詈雑言である。

「こっちの人はまるで働き方がなってない。本当に効率の悪い働き方しかしていない。ドバイってのはこんなもんなのかねえ。アジアで働いていた方が自分にはあってたかもしれない。」

しかし、

「でもドバイは出会いがたくさんあるし、気候もいいし、稼ぎもいいし。ドバイええわ」

おまえ、どっちやねん!と突っ込みたくなるが、この相反する2つの気持ちはものすごくわかる。

確かにドバイの働き方は、大企業でも有名企業あってもびっくり仰天するような仕事の仕方や発想をする人間がごろごろいる。時にはまるで幼稚園児と仕事をしているんじゃないかと思う時さえあるのだ。本当に。

実際に、「私、幼稚園の保母さんじゃないんですけど!」と上司に愚痴をこぼしたこともある。

しかし、ドバイには稼ぎのいい仕事があるのも事実だ。それだけ金が動いていて外国人が恩恵を受けられる稀有な場所でもある。企業は有り余るほどの金を持っているが、それをうまく使い切れていないというのが個人的な見解である。

だから仕事でストレスを抱えながらも、高い給料をもらうか、効率的に快適に仕事ができる国外でそこそこの給料をもらうかというジレンマが発生するのである。

私も当初は、こんなやり方だったら効率よく賢い働き方ができる環境で働いた方がマシだ!とドバイをディスっていた時期があるが、このジレンマをどう乗り越えるかで今後の生活が変わってくると思う。

文化も社会背景も違う国で働くということは思い通りにならないことも多いし、フラストレーションも抱える。しかし、彼らの文化やコンテキストを考えるようにすれば見方も変わる。と同時に自分の考え方も変えて、相手に合わせるように歩み寄らなければいけない。大事なのは相手に変わることを求めないことである。

効率的じゃないやり方だと思えば、ディスるばかりではなく自分が効率的だと信じるやり方の重要性を説きながら長期に渡って説得し続ける。決してすぐには理解してもらえなくても、こっちの方がやりやすいよ、ということをひたすら訴え続ける。

日本だったら1、2日で理解してもらえるものも、こっちでは数ヶ月かかってようやく分かってもらえるということもしばしばだ。だから話の通じないやつだといって、自分の意見をひた隠し国交を断絶するのではなく、ひたすら粘り強く、主張を続けるべきなのだ。

こうしていくと、それまでは大きなストレスだったこともさほどストレスにならなくなってくる。要は同じ言動でも違った見方をすることでストレスを回避することができるのだ。制限が多くあり、不利な環境だと思っても、そうした環境のせいでできないというのではなく、そこに見合ったやり方を編み出していくのである。そうでなければ、ひたすら環境のせいにして自分が惨めになる。

といった一連のことをネイティブ英語ポリスに言ってみたもののどうやら彼は、自分のやり方を正しいと思ってひたすら貫こうとするばかりで、相手を慮ったり、理解しようという気配がほとんど感じられなかった。おそらくこうした姿勢も、解雇に繋がった原因なのではないかと思う。