ある日突然上司が会社をクビになった!雇用制度への「不安」を打破するには?

ネイティブ英語ポリスこと、ニュージーランドからやってきた上司が突然解雇された。まだ試用期間中で3ヶ月にも満たない頃である。罪名は、「異なる文化への不敬罪」。

というのは、おおげさかもしれないがその真実は聞かされていない。あくまでも別のインド人上司に聞いたところ「あいつは相手にちゃんと敬意を見せないやつだ」といっていたことに由来しているだけである。


もちろんそれだけでなく、彼のやり方が「独裁的」だという声や、納期が迫っているのにそれを守らずしてビジネス出張という名の豪勢な高級イタリア旅行にいっていたという事実はあったようだ。

ドバイでのクビは国外脱出を意味する!?

個人に非があったとはいえ、いやもしくは解雇されたという核心的な理由を知らないためだという理由からなのか、ある日突然解雇されるという事実に私は震え上がった。

もちろんできない人はすぐクビにするということは知ってはいるし、日本でも海外でもそういうケースは少なからずよく見てきた。しかしドバイでクビになるということは、日本や他の国でクビになるということとワケが少し違うと思う。

働いていれば稼ぎはいいが、稼げなくなれば国外脱出も視野に入れなければいけないほど生活が困窮する。家賃や物価は高いため稼げなくなればその生活を営むことが困難になるからだ。

かつてこのドバイでニートをしてきた私はそれが辛いほどわかる。なくなく貯金を切り崩して、多額の家賃を払ってまでドバイでニートをしてきたのだ。
日本の実家で暮らしていれば、とりあえず家も食事も確保できるため、次の就職までに比較的余裕をもってくらせる。

しかし、ドバイで悠長にやっていては、毎日の経費がどんどんかさんでいく。まるで、高利貸しから金を借りたときの利息のように、出費(特に家賃)が膨らむのだ。

日本の雇用に対する不安

日本では長期雇用でなければ「不安定」な状態であり、働き手は一心に会社や制度に対して、「安定」のために長期雇用だの突然解雇をするな!などといって雇用者を守ることをせまる。

しかし、私は会社が人を簡単に切るのは否定しない。それは一種の浄化システムの1つであり、それにより会社は利益追求という本来の目的に特化することができるからだ。

経営の都合で切られるなんてたまったもんじゃない、というが企業というものはそういうものである。利益を生み出せない会社が世の中はおろか、従業員さえ幸せにできるはずがない。

浄化システムと述べたが、ある人により周りでまっとうに仕事をしている人間の成果に影響がでるぐらいならその問題因子は取り除くべきである。これならばパワハラ上司が長年会社にのさばるということも起こり得ない。

また成果が出せなくてクビになるというパターンも、これはこれで合理的である。成果を出さないでダラダラと長年会社に居続ける人間はいなくなるし、雇用されている人間も成果を出そうとスキル磨きに必死になる。人間こうした危機があったほうがはっぱをかけられやる気になるのである。

突然解雇された時の備え

こうした状況を踏まえて、いかにクビに備えるかということが大事である。そこで私が考えたクビになったときのプランがこちらである。

1. クビにならない&どこでも通用するスキルを磨き続ける

もちろんクビにならないことに越したことはない。そのためには成果を出し続けることも必要だ。それと同時に、現在働いている会社でなくとも通用する普遍的なスキルを磨いておくことが大事である。

生き延びるために必要なスキルというのは、転職サイトを見れば一目瞭然で求人情報をみれば、こうしたスキルに対して需要があるとか業界での価値がどれだけあるかというのがわかる。

ある意味、会社は自分がどこであっても生き残れるスキルを磨く場であって仮に今の会社が大手有名企業だろうが、待遇がよかったとしてもスキルを磨くことができないのであれば、会社を変えるべきである。

スキルさえあれば、ちょっとぐらい働いていない期間があっても、また現場に復帰できるという心の支えがあるし、常にヘッドハンターからお声がかかるし、会社で働かなくてもフリーランスで働く、という選択肢の幅が広がる。

え?そんな育ててもらった企業を踏み台にするなんてできないわ、と思うかもしれない。たしかに日本では未だに新卒一括採用などという特に専門性も持たない学生を採用し、一から育て上げるという手法が見られる。そんなシステムに入ってしまうと、たしかに企業に恩を着せられる。

さらに会社に入れば、自分に課せられた以上の業務をこなして会社へ貢献しようとする。まさにどっぷりとした家族関係になってしまうのだ。しかし、こちとら自分の人生がかかっているのである。自分が生きるための力を養って何が悪い。会社は単に決められた一定の労働という対価に対して給料を払っているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

2. クビになったら即刻ドバイを脱出。次の行きたい国に移住

クビになったら高い給料をもらいたいがために家賃のバカ高いドバイに居続けるだろうか?悩ましいところだが、2年目に突入した現在では、ドバイに縁がなくなったら即刻でこの国を去ろうと決めている。

高給料といっても、芸人と同じでそれが長く続くわけではない。いつかは終わりがくるのだ。それが早いか、遅いかというだけである。

ドバイを離れた後は、WWOOFなどを利用してもう一度住みたいイスラエルでまったり暮らしてみようかと考えいている。WWOOFならばとりあえず労働という時間さえ払えば、一定の住む場所と食べることには不自由することはない。そこで暮らしながら、とりあえず次の仕事に向けて充電しようと思っている。

このように決まった収入がなくなった際には、同じ生活レベルを続けるために新たな職探しに奮起するだけではなく、生活レベルを下げてなんとか食いつなぐという方法もよいのではないかと思う。

3. 貯金をある程度しておく

ドバイに来た当初は、貯金なんかしないで使いまくってやる!と息巻いていたが皮肉なことに実際ニート期間中に救われたのが貯金である。

であるから、クビになり次のステップのための必要最低限の貯蓄はあったほうがよい。たとえば2~3ヶ月の生活費だったり、次の国へ飛ぶための航空券代だったり、これは次のステップにもよるだろう。

貯蓄がなければ、泣く泣く日本に帰るという線が強くなるので選択肢を増やすためには、貯蓄はあったことに越したことはない。

4. 複数の収入源を作る

1つの会社に勤め、収入源のほとんどをそこに依存している場合は、このライフラインが切れたらあとはお金が減っていくだけである。貯蓄があればという話をしたが、やはりそれ以外の収入源があるとやはり精神的な安心感が出る。

会社と同じく、1つの事業がうまくいかないときのためにビジネスを多角化させ複数の収益源を確保するというのは、個人においても同じである。

というわけで私は現在、本業と副業という2重生活を送っている。とりあえず本業がなくなっても、一応の収入源はあることになっている。しかしそれもまだ東南アジアで暮らせるぐらいの収入であり、自分が働いてなんぼの業務なので、不労所得やさらなる収入源の拡大に務めるのが現在の課題である。

不安を感じるぐらいなら不安を感じないための努力をした方がいい

地震などの自然災害には、家に食料や防災グッズを買ってしこたま備えるという日本人であるが、こうした雇用に関しては「不安」ばかりを感じて、備えることをほとんどしないのが不思議である。

日本の救済システム「生活保護」のような転んでも助けてくれる制度があるから、自分では備える必要がないと思ってしまうのだろうか? それとも「不安」を感じるのは制度のせいだと思っているのだろうか?

この見えない「不安」が、以上に日本人を会社にしがみつかせているようが気がしてならない。ブラック企業であれ、パワハラであれ辛くてもなぜかやめない。会社を離れる、働かないということに対して異常なほど恐れをなしているように思える。

しかし生活レベルを落とす、働いていなくてもいつでもお声がかかる状態にしておく、農家暮らしなど様々な生活形態がある、複数の収入源を持つようにするということさえ知っておけば、辛い状況にしがみつく必要もない。

「不安」を「安心」に変えるのは結局自分次第なのである。制度や政府に「不安」を訴え続けるだけでは、いつまでも「不安」という怨霊に取り憑かれたままである。