現代の蟹工船!マニラ空港発、出稼ぎ労働者便に搭乗

ビジネス出張と一目でわかるスーツを着込み、黒いカバンをもったビジネスマン風の男性。家族でのひと時を海外で過ごそうとわきあいとした家族たち。定年後の余暇のひと時を楽しもうとしている仲の良さげな老夫婦。

おおよそにして私が、そして多くの人が空港や飛行機内で目にするのがこうした人々ではないだろうか。


しかしその時、私の目の前に広がっていたのはいままで見たどんな光景とも違っていたし、海外旅行に行くという典型的などのタイプにも当てはまることのない人々の集団だった。

それは、現代の奴隷船ならぬ「出稼ぎ労働者便」であった。

現代の奴隷船というのは言い過ぎかもしれないが、それに近いものを感じざる終えなかった。もしくは似たような境遇に遭遇したことがないものだから、そんな極端な例しか思いつかなかったのかもしれない。

搭乗口には異様な雰囲気が漂っている。その異様な集団は、普通の旅行者を逆に目立たせるだけの十分な威力を持っていた。フィリピン航空マニラ発、ドバイ&ジェッダ行き(金がない航空会社はたまに行き先を2つ3つにする傾向がある。これは決してトランジットとかではない)ある程度予想はしていたが、現実がこれほどまでだったとは。

ドバイにおいて、フィリピン人はなくてはならない存在であるほど、彼らはドバイの至るところで働いている。そんな大量の出稼ぎ労働者(自分もそんなもんなようだが)とともに私はドバイへ戻ることとなった。

ことの発端は、たまには違うルートで帰るかという冒険の精神とケチ症により高いエミレーツ便ではなく、安いフィリピン空港でドバイへ帰ることにしたのがきっかけだ。

想像してみてほしい。といってもそう簡単にできるものではないだろうが。搭乗者の99%が出稼ぎ労働者なのである。フィリピンの労働力の輸出力の大きさに圧倒されると同時に、機内を見渡せば出稼ぎ労働者で隙間なく埋め尽くされている光景は圧巻である。

フィリピン航空もそれをわかっているのか、どう見てもボロい機体をあてがっているのが一目瞭然だった。長距離便のくせに、テレビモニターすらついていない。それをカバーするためか、新聞サービスがあったが、5紙ぐらいの中から選ぼうとすると、通路側にいたフィリピーノ男性(私は窓際に座っていた)が勝手にフィリピンでポピュラーそうな新聞をおすすめと称して、渡してきた。

おいおい、新聞ぐらい選ばせろよと思ったが、郷に入っては郷に従えなので、そのフィリピーノが選んだ新聞をおとなしく読むことにした。

そして食事も、元ソマリアの航空会社、ジェッバ航空とどっこいぐらいのキワモノが出てくる。

朝ごはんと称して出てきたのは、白い乾いたパンにしおれたレタスとトマトのサンドウィッチという、海外の刑務所レベルの食事である。間食として出てきたのは、まずそうなクラッカー(というものが存在することすらこの時初めて知った)とキットカットである。

羽田発マニラ行きでもフィリピン航空を利用したが、この格差は一体なんなのだろう。3時間という短距離にもかかわらず、テレビモニターはあったし、機内食も温かくおいしかった。まさに豪華クルーザーと蟹工船レベルの落差である。

さらに驚くべきことは、なんとファーストはおろかビジネスクラス席もないのだ。ジャンボ機体をすべてエコノミーでぶち抜いているのである。そんなジャンボ機体が存在するとは、この光景を目にするまで思いもよらなかった。このジャンボ機体に出稼ぎ労働者たちを押し込んで、航空券を安くし大量輸送することで採算を見合わせているのがうかがえる。

隣には、仲介会社の男性と新規出稼ぎ労働者らしき女性が並んで座っている。しきりにアラビア語で「アッサーラマレイクン」だの言っているので、どうやらアラブ諸国で働くことがいかなることかのようなレクチャーをしているようだ。

そしてなぜ新規出稼ぎ労働者なのかというと、新規労働者には必須のアイテム、ジップつきのクリアファイルをもっていたからである。ドバイの入国審査中にもよく見かけるのだが、あの中にビザ書類一式が入っているのである。つまり、この女性は新たにビザを取得し、海外で働くということがわかる。

ちなみにこの女性は、私が先ほど「食わねえ!」と決め込んで座席シートのポケットにねじり込んだクラッカーやらキットカットを大事そうに自分のカバンにいれていた。

衝撃的なのはこうした光景だけではなく、この便がジェッダ行きの労働者も乗せているところにあった。なんと機内アナウンスにて、「この便はジェッダに行きますので、豚やアルコール類の持ち込みは厳しく制限されています。また女性写真が掲載されている雑誌、ユダヤ教の信仰を現すものなども一切持ち込みが禁じられています」というような内容が流れたのだ。

豚やアルコール類、雑誌ぐらいならまだわかるが、イスラム教以外の信仰を現すものを排除しようとする、一切の寛容を許さないサウジアラビアのあり方に開いた口が塞がらなかった。この国には、信仰の自由がねえのかよ!

サウジアラビアに一言言ってやりたいのは、君みたいな変で頑なで声がでかいやつのせいで、それがいかにもイスラム教のイメージとして広まっていますよ、ということである。具体的に言えば、女性が運転できない=イスラーム教だから、女性は目以外をすべて隠さなければいけない=イスラーム教だから、みたいな単純な構図ができあがってしまうのである。

そして大半の人にとっては、それが国の伝統や規制によるものであって必ずしも宗教によるものではないという区別がつきにくい。というか区別をつけるという感覚すらないのだろう。

ちなみに私は勝手な偏見によりサウジアラビアの国王を金正恩と同じレベルの危険人物として個人的なブラックリストに入れている。

1人の変な奴のせいで、似たような他の普通の人が迷惑を被るというシステムである。

1人の若者が犯罪を起こせば、若者世代は危ない、何を考えているのかわからんとおっさんコメンテーターに一般化されてしまうように、1人頑強に過激な方向でイスラームを貫こうとしているがあまりに、その異様さが歪んだイスラームのイメージに加担しているということだ。この意味ではサウジアラビアはISと同じなのではないかとひそかに私は考えている。

話はそれてしまったが、隣の女性たちはどうやらジェッダへ向かうようだった。ドバイにいるフィリピーノは当然のように流暢に英語を話したが、彼女はいまいち英語を理解していないようだった。

他人事ではありながらも、サウジアラビアでインドネシア人のメイドが虐待を受けていたというニュースを聞いていたので、この人が同じような目に遭いませんようにと見ず知らずの女性の心配をしてしまう。むしろドバイでいつも明るく朗らかに楽しそうに働くフィリピーノであってほしいとさえ思ってしまう。

ジェッダ行きを待つ、労働者たちの行列を横に私はドバイ空港へと降り立った。

フィリピンのマニラ空港は、日本でも有名な観光地であるし空港もそこそこ整備されていると思っていた。しかし、実際には新設されたソマリアのモガディシュ空港よりもボロく、旅行客が十分に座ることすらできない限定的なイスしかなく、免税店もエチオピアのアディスアベバ空港とどっこいぐらいのレベルだった。いやむしろアディスアベバ空港の方が栄えていると言った方がよいかもしれない。

キオスクでものを買うにも現地通貨しか受けてつけていないため、水さえ買えない。

その代わりなのか、なぜかWi-Fiはどこの国よりもスムーズで使い放題だったし、電源がついたテーブルが無造作にその辺に置かれ、まるでネットでとりあえず時間でも潰しといてくださいと言わんばかりだった。そして実際に現代のデジタル人間たちは、ネットさえあればいくらでも時間を潰せるし、ハッピーなのだ。

端的に言ってしまえば、この国は貧しいのかなということだ。いや、空港だけで判断するのはフェアじゃないのかもしれないけれども、大量の出稼ぎ労働者たちに囲まれながら国内に仕事がないという状況がひしひしと伝わってきた。

そして大方彼らが行き着く先は、アラブ諸国で一儲けしたり、成功しようといったものではなく、欧米出身の労働者とも比べてかなり少ない給料でかつ過酷な労働環境なのである。それでも自国より稼げるし、自国では大金になるから出稼ぎ労働者は絶えないのだ。

私は彼らの世界と我々の世界が常に見えないベールで区切られているように感じる。同じドバイという土地にいながら、決してレール上では交わらない不思議な世界だ。彼らの世界と我々の世界をわかつものは何なのか。それは単なる生まれた国というものだけなのだろうか。であれば、その生きる世界を変えることはできないのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えながら、帰路についた。