給料不払い会社のセクシー社長から突然の連絡。そして和解。

それは突然やってきた。「ハロー元気?まだドバイにいるの?」元勤めていた会社のセクシー社長からの連絡だった。

元勤めていた会社、海外で初めて働いた会社であり、辞める際には関ヶ原の合戦のような血みどろなバトルを繰り広げあげてくの果てに給料不払いというなんとも嫌な思い出まみれしか思いつかない名詞である。あれ以来、プチ人間不信に陥り、今をもってもなお思い出すたびに苦い思い出が蘇る。


6ヶ月後に判明した驚きの事実

そんな因縁会社の社長から今更一体なんの連絡だというのだ。無視しようかと思ったが、連絡をとったらどうなるのだろう、という生来の好奇心を抑えきれずに突然の連絡に返信をした。

そして返ってきたのは泉ピン子も驚くような内容だったのである。セクシー社長は本題に入る前に、

セクシー社長:「会社もいろいろあれからあってね。私も多くのことを学んだのよ」

私:「へえ。そうですか。人生というのは学びの連続ですからな」

などと日本人の専売特許であるの婉曲方法を使って、本題を仄めかそうとする。そして、

「ところでまたうちでフリーランスとして働いてみる気ない?」

ぎょへ!?どの口がいうか!

その時の気持ちは複雑である。給料の不払い相手にいけしゃあしゃあと連絡をしておきながら、「うちでまた働け」などとなんと厚かましいやつだと。その図々しい手口にあっけにとられると共に、自分が必要とされている人間=認められている、ということの嬉しさ。

明らかな嫌悪感とでも認められているという嬉しさ。一瞬どうすればいいのかという判断ができなくなった。この厚かましさに負けて、返信しないでやろうかとも考えたが、呆然とする頭をフル回転して出した答えはこれだ。

「給料不払い分を払ってくれるなら、フリーランスの件考えましょう」

ここで自分の立場が優位であることをほのめかすのがポイント。向こうは明らかに人手不足で、すぐにでも人が欲しそうな状態であるということが、文面から読み取れた。

そしてここからが6ヶ月越しの驚きの事実判明である。

「え?どうしてあの時私に直接言っていなかったの?」

なんですと!?人事には、「日本に帰る」と嘘をついてまでも給料の支払いを急かしたのに給料は結局支払われることはなかった。人事と社長はきちんと通じていると思ったので、人事が給料を払わらない=社長の差し金だとばかり思っていたのだ。

しかしセクシー社長の言い分からすると、自分は給料が支払われていなかった事実は知らなかった。自分に直接言ってくれれば支払ったのに、と言わんばかりである。これぞ、

ザ・コミュニケーション不足&要求しない日本人の悲しいSAGA

ともあれ、あの給料不払い事件が社長の差し金ではない(仮にそうだったとしても本人は忘れているにちがいない。そういう人なのだ)ことがわかり、いやむしろこの時点であの不払い給料が戻ってくることが確定した。

手に入らないと思っていた給料が、もらえると知った日にゃ普通に給料をもらえるよりか1000倍嬉しいのである。

なぜ前の会社でフリーランス業を始めることになったのか?

もちろん不払い給料をもらうだけでもよいのだが、最終的に私はフリーランスの仕事まで受け持つことになった。

なぜか?

もちろん副業としてお金をもらえるということもあるが、それ以外にもある。

関ヶ原の合戦途中の最中で辞めたため、職場でただ一人の日本人であった私は、「私=日本人と捉えられて日本や日本人は嫌なやつだ」と思わることをかなり懸念していた。それは、社長だけでなく、周りのメンバーからでもである。フェアな言い方をすると、私の辞め方が問題だったのではなく、あくまで辞めるという事実に対して、皆あの時は感情的になっていたのだ。

もう1つの理由は、沈む船だとわかっていても自分を必要としてくれるのであれば、助けになりたい(もちろんお金は取る)という理由である。沈む船というのは、私個人からして社長の経営能力には疑問があったし、会社が大きくなることもそうはないだろう(むしろ会社をたたむのがいつなのかという方が直近の問題である)と思っていた。

しかし、海外で日本というバックグラウンド抜きに、自分が社会人になってからの能力を評価してもらえている、という承認欲求が大いにくすぐられたため、評価をしてもらえているのであれば是非役に立ちたい(これすなわちボランティア精神。でも金とるよ)と思ったからである。

そして最後には、やり直すチャンスがまた巡ってきたということ。海外勤務初めてだったあの頃は、自分の中でも至らない点がたくさあった。そのために、無駄なストレスを抱えたり、今だったら解法を知っているコミュニケーション問題にもいちいち無駄なストレスを感じて、やっちゃったなということもあった。

しかしあの関ヶ原の合戦の後、現職場で働き私も学んだことは多々ある。多文化の職場において、どう振る舞えばよいのか。日本人としての弱点と長所。そしてそれをどう職場でうまく調整するのか。それらを踏まえて、あの時こうしたのになあということが多々あった。

だからもう一度彼らと働くということは、今度はもっとうまくできるのではないか、ストレスを感じずにどう彼らとうまく働くかということへの挑戦なのである。

和解、そしてハッピーガールに

会社の同僚の名や会社名を聞くだけでも、苦虫を噛み潰したような苦すぎる(ほろ苦いなんてもんじゃない)トラウマが脳内に広がっていた。誰にでもそんな思い出は1つや2つあるのではないだろうか。しかし、そのトラウマーな思い出が消え去ったとなったらどんなに素晴らしいことだろうか。

それは決して金では手に入らないものである。

トラウマ(軽く書いているけど本当は重いトラウマなのです)が消え去ったということと、一生憎しみ合う関係だと思っていた人間関係の修復、そして何より自分が必要とされていること。この時私は、初めて承認欲求が満たされるだけで、酒なしでもこんなにハッピーになれるのだと知った。

毎日飲んでいた酒だが、その日は承認欲求の満足があったから酒は必要なかった。認められた、必要とされている、それだけでハッピーボーイ(知らない人は今年のガキの使いを見てください)ならぬハッピーガールになれそうだった。

みなさん!酒より承認欲求を満たされて酔いましょう!