無宗教なのにラマダン(断食月)がつらいよ

ラマダンはてっきりイスラム教徒だけのものかと思いきや、ここまでラマダンというものが非イスラム教徒の生活までに影響を及ぼすものだとは知る由もなかった。

非イスラム教徒も半強制的な断食に

これは捉え方によるとは思うが、別に非イスラム教徒もイスラム教徒と同じく断食をしなければいけないというわけではない。しかし、国全体をあげてラマダン仕様に制度が変更するため、比較的イスラム教色が弱いといわれるドバイでさえもその影響をかなり受ける。


一番辛いのは、飲食店の開店時間である。ラマダン中は、ほとんどの店が昼間(日没まで)営業をしない。もしくは、昼間に営業をしていても、営業時間がかなり短くなるのだ。

仕事をしている人間にとっては、朝にカフェに寄りたくてもカフェは空いていない。ランチに行くレストランもしまっている店が多くなるため選択肢がかなり限られてくる。かろうじてスーパーやコンビニは通常通り営業しているが、コンビニ飯だけではやはり飽きてしまうのが人間の性。残業で腹が減ったので食べようにも、どこも空いていないという絶望的な状態である。

日本で例えるなら、都内のど真ん中で働いているのに朝から日没までファミマしかやっていない状況なのである。

もちろん食べる人はちゃんと食べているが、極めて選択肢が限られた状況が1ヶ月も続くとなると、私のような怠慢人間は食べ物探しに労力を使うことがアホらしくなり、結果食べないという状況が発生するのである。

イスラム教の同僚に気を使ってしまう

イスラム教国インドネシアに幼少期に滞在していたころは、空気もラマダンもクソもない子どもだったので平気でイスラム教徒の目の前で、うまそうに飲み食いしていた。そして事実、親にそれをたしなめられたし、学校の授業でもイスラム教徒の人の目の前で、飲み食いするのはやめましょうということを言われたのをおぼろげに覚えている。

その教えが今になっていきてきたのか、今ではイスラム教徒の同僚に気を使うようになっている。だからと言って特段何かをするわけではないのだが、ただ単に彼らが向かいのデスクで座って仕事をしているので、あまり水とか食べ物をおおげさに食べないほうがいいかな、と思うだけである。

ポイントはただ思うだけで、実際にはもちゃもちゃと水なりコーヒーなりを飲んだりしているわけである。さすがに、ここで「イスラム教徒の目の前で飲み食いするのをやめましょう」を守ると私までも断食の巻き添えになるので、それはごめんである。さすがに、あのころの教師も親も、目の前でイスラム教徒の同僚が働いている場合なんてのは想定していなかっただろう。

ちなみに両隣の非イスラム教徒(インド人とニュージランド人)を見ても、普通に飲み食いをしているのであまり気を使っている気配はない。

公共の場での喫煙はNG

なぜ自分がイスラム教徒についてこうも無知なのかを知らされる事実に直面した。それが、ラマダン中は公共の場で喫煙もNGというダークホース的なルールだ。喫煙天国のドバイは、どこでもタバコ吸い放題である。

が、ラマダン中はいくら道端に喫煙所があっても、タバコを吸う者はいないのである。日本でいうならば、ある日突然、数少ない公共の場の喫煙所が使用禁止になるぐらいの衝撃である。つまりは、家でしか吸えないよwということである。

え?じゃあ今まで道端でプカプカ喫煙していたやつはどこへいくのかって?それは私にも謎である。ちょっとぐらいええやん、意外と吸っているやついるんじゃね?と全く思慮に欠けている私はコソコソと隠れキリシタンのごとく公共の場(といっても人気のないところ)で吸っていたが、あまりにも誰も公共の場で吸わなくなったので、一人で勝手にバツが悪くなりラマダン専用の喫煙所へ逃げ込むことになった。

ラマダン専用の喫煙所とは、四方を布に覆われ完全に外から喫煙している姿が見えないようになっている喫煙所のこと。

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ラマダン専用喫煙所

例えるなら、犯人逮捕のため四方をビニールに覆われている犯人の家のような感じである。しかも狭い。この喫煙所に、今までその辺で吸っていた人間が一気に全員集合しちゃうので、人口密度が半端ない。そして、このラマダン専用喫煙所もそこかしこにあるわけでなく、ごくまれにある程度なのである。

つまりは喫煙所という喫煙者のオアシスに群がって大量の喫煙者が押し寄せてくるのである。想像しただけでも恐ろしいじゃないか。幸いにして、その喫煙所が会社のビル近くに存在するのだが、そのオアシスに呼び寄せられて近くにある大学の変な学生までが紛れ込んでくるのである。

クソ暑いドバイで、「マジ暑いの無理だわ。雪降んないかなー?」というさすがの具志堅用高でも言わなそうな的外れな発言を真面目にして、それが実際にボケではなく会話として成り立っているのを見たときには、少し引いてしまった。

というわけで愛煙家にはつらい時期だが、喫煙をするにはちょうど良い機会でもあったりする。