ソマリアの現在と現地で感じた治安。リアル北斗の拳は過去のものに。

かつては「リアル北斗の拳」だとか「世界最恐」と言われたソマリア。内戦から20年以上経ち、中央政府による国の運営が始まり、ソマリアは無政府状態からすでに脱している。

誰も手がつけられなかったじゃじゃ馬だった頃のソマリアはどこへやら。その治安も、最悪だった時よりかは、ずいぶん回復している。

変わりつつあるソマリアの過去と現在を振り返ってみよう。

内戦、無政府状態、アメリカもおそれた国

ソマリアといえば、世界のジャイアン、アメリカも近寄りがたいオーラを放つ国であった。

1980年代に内戦が始まり、国民の多くがアメリカやイギリス、北欧へ移民や難民として逃れた。彼らは、離散したソマリ人、いわゆるソマリアのディアスポラが大量に発生した。

バーレ政権が軍のクーデターにより倒された1991年以降、ソマリアは15年近く無政府状態となった。それをいいことに、過激派アルシャバーブが台頭してきたり、プントランドでは海賊も出没し始め、「恐ろしいソマリア」というイメージが世界に広まった。

大国アメリカも一時期介入しようとしたが、1993年に戦闘が始まって早々にソマリ民兵により、米軍のヘリが爆撃され、20人近くの米兵死傷者を出してしまった。ソマリ民兵が、車で米兵の遺体を市内で引きずり回す映像がアメリカのテレビで流れた時は、文字通り全米が震撼した。

こうしてアメリカも「こりゃ、かなわん」と早々に撤退してしまったのである。この事件を描いたのが、「ブラック・ホーク・ダウン」という映画である。

内戦以外に、ソマリアという名を世界中に知らしめたのが、ソマリア海賊である。もちろん、ワンピースのような明るい海賊ではない。

ソマリア沖を通る大型コンテナ船などを狙っては、船員を人質にとり、身代金を要求するというのが一連の流れである。トム・ハンクス主演の「キャプテン・フィリップス 」は、実際に起こった海賊による人質事件を描いた作品である。

2007年あたりにNATOが本格的に海賊対策を始めてからは、海賊の数は激減した。海賊の拠点があるプントランドの住民に聞いても、「もう、海賊はほとんどいないよ」といわれるほどである。

詳しくはプントランドへの旅行記を本にした拙著を参照

しかし、私が2019年にオマーンの港で、ソマリア沖を通る大型船をみたときには、ソマリア海賊よけのマネキンがくくりつけられているものもあった。激減したとはいえ、いまだソマリアの海賊はいるのかもしれない。

ソマリア海賊避けのマネキン
ソマリア海賊よけのマネキン

内戦は過去のものに

ここ数十年の間、ソマリアといえば、内戦やテロが蔓延する破綻国家だの、無政府国家だのと言われてきた。しかし、現在のソマリアはそうしたイメージを払拭しつつある。

ソマリアの首都モガディシュでは、内戦で破壊された廃墟が残るものの、新しい建物の建設ラッシュが起こっている。町には、真新しいマンションや、銀行、ホテルなどが立ち並ぶ。2015年に訪れたときは、内戦で壊された廃墟ばかりでまるで廃墟タウンであった。

ソマリア_市内中心部
活気がある町の中心部


銀行もありATMでは、手数料が高いもののドルも引き出すことができる。

現在のソマリア
首都モガディシュの街並み。新しい建物が目立つ。


数年前は倒壊した建物があった場所もこの通り。

ソマリアの道路
空港近くのメイン通りは、綺麗に舗装されている。

2004年には、暫定政府が樹立し、すでに無政府状態に終わりを告げた。2020年3月には、世界銀行やIMFから債務援助を受けられるまでになった。それまでは、経済的援助を受けたくとも、「あのソマリアでしょ?」ということで、国として援助を受けるだけの十分な信用すらなかったのである。

日本で言えば、アコムやプロミスからですらお金を借りれないほど、信用がないということである。

こうした国際機関から援助を受けられることは、ソマリアが国際社会の一員として認められたことを意味する。内戦が起きてから約30年ぶりの国際社会への復帰である。

2007年からソマリアの治安を維持するために派遣された、アミソム(アフリカ多国籍連合)も、2020年末には完全撤退を予定している。前回訪れた時には、アミソムのイカつい戦車が町を闊歩していたが、2020年時点では、ほとんど見かけることはなかった。

政府がなくなり、国家がカオス状態であった頃のソマリアに比べれば、大きな進歩である。

ソマリアの現在の治安は?

無政府状態を脱し、町は復興しつつあるが、それでも完全に治安が回復したわけではない。

首都モガディシュでは、いまだ定期的に爆弾テロが起こり、多くの死者を出している。直近だと2019年の年末に85人が死亡する爆弾テロ事件が起こった。

こうしたテロを未然に防ぐため、街中のいたるところに、検問所が設置されていたり、市内のホテルやアパートは、鉄線を張り巡らせた分厚い壁に囲まれている。建物へ入るには、荷物やボディチェックを受けなければならない。

外国人への危険も相変わらずである。ソマリアでは、外国人が路上を歩くと速攻で拉致されると言われている。だから、観光客であれビジネスマンであれ、外国人は護衛付きの車を雇わないと移動できない。空港で出会ったパキスタン人のビジネスマンも、ソマリアでは移動の自由がほとんどないことを嘆いていた。

これだけ町が復興しているし、アフリカ連合軍だってソマリアからの撤退を決めたのだ。治安だって外国人がそこそこ出歩けるまで、回復してもおかしくないのだが。

うがった見かたをすれば、ソマリア国内の雇用維持のために外国人は護衛を雇わなければいけないというルールが残っている、そんな風にも考えてしまう。

爆弾テロや外国人の拉致事件への警戒の高さは、依然として変わらないのが現状だ。

ソマリアの街中
護衛が乗った先導車

モガディシュの街中
モガディシュの街中。外国人が車でしか移動できないので、ソマリアで写真をとるのは一苦労。

安全なソマリアもある

ソマリアは国際的には1つの国だが、実質的には3つの国に別れている。ソマリア、プントランド、ソマリランドである。

プントランドは、エイルと呼ばれる海賊の拠点があり、海賊多発地域だった。海賊はNATOの活躍により、2015年あたりから激減しているが、治安はソマリア並みである。ソマリア同様に、護衛を雇うのは必須だし、移動は車のみに限定される。

一方で、ソマリランドは全くの別物。ソマリランドは、1991年にソマリアから独立したことになっているが、ソマリアを含め国連や他の国は国として認めていない。未承認国家である。

ソマリランドの首都ハルゲイサは、一人で自由に出歩けるし、強盗やひったくりといった犯罪とも無縁の町だ。市民ですら、「どや。ソマリランドはめっちゃ安全やろ」と、ソマリアに対してのマウンティングを見せるほどだ。

治安が最悪なソマリアに対して、このソマリランドの意義は大きい。なにせ、安全な場所にいながら、ソマリア感を味わえるからだ。そんなこともあってか、ソマリランドへは世界中から旅行者が訪れている。

ソマリランドは、暴君ソマリアと縁を切って、早々に独立したいと思っている。しかし世界は、ソマリアの治安が回復し、1つのソマリアであることを願っているのである。

世界最恐などと恐れられて、まったく人が近づけなかったソマリア。けれども、内戦から30年近くたった今では町の様子も変わり、かつて世界を恐怖に陥れたソマリアを見いだすことの方が難しくなっている。

恐ろしいソマリアは、急速に消えつつあることを現地で強く感じた。

ソマリアについて知るなら

ソマリア海賊に船がのっとられ、船長が人質となった実話を元に作れられた。海賊役のソマリ人たちによる迫真の演技に注目。

大国アメリカをビビらせたモガディシュの戦闘を描いた作品。

世界最恐ともいわれたソマリアに隣接しながら、治安の良さを維持するソマリランド。謎すぎる治安の良さの理由は?ソマリアを内部から描いた迫真のレポ。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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