日本人が勘違いしているドバイ

ドバイ市長の企みによる、「ドバイ世界一観光地構想」にまんまとつられメディアはこぞってドバイのきらびやかさを取り上げる。それはそれでいいのだが、メディアもあまりに大げさに取り上げるので過去の自分も含めてであり、世界の人もかなり勘違いをしているなあと感じる。

ドバイに実際住んでみて、なんだメディアの言ってること違うじゃん!ということも含め、ドバイについての勘違いあるあるをご紹介したい。


ドバイ=国だと思っている

「ドバイ人の性格」とか「ドバイ人との恋愛」などと見かけるように、ドバイを国だと思っているが結構いるようだ。あまりにも特定地域が国や首都よりも有名になってしまったため起きる現象らしい。

ドバイはあくまでアラブ首長国連邦(UAE)という国に属する1つの首長国に過ぎない。そしてドバイは首都ではない。UAEの首都はアブダビである。ハワイにいる人をハワイ人とは呼ばないように、ドバイの現地人もできればエミラティ(UAE人)と呼んであげてほしい。

ドバイ=オイルマネーで潤っている

中東=オイルマネーという印象が強いが、ドバイはそんなに石油が取れない場所なのだ。UAEで取れる石油のほとんどはアブダビでとれたもの。よってアブダビは確かにオイルマネーで潤っているが、ドバイはそのおこぼれを頂戴しているのである。ドバイがお金に困っていたことを示す例としては、世界一高いタワーとよばれるバージュ・カリファの建設が有名だろう。

バージュ・カリファを建設するお金が2009年のドバイショックで枯渇したドバイは泣く泣く、オイルマネーでうはうはなアブダビ兄さんに頼り、お金を出してもらったのである。本当は、「バージュ・ドバイ」という名前にしたかったのだが、金を出してやっただろう、とアブダビ兄さんに脅されて(これはあくまで想像)泣く泣く兄さんの名前の一部である「カリファ」という名を献上したのである。

ええ?じゃああのドバイの叶姉妹みたいなゴージャス感はどこから出ているの?という話だが、自炊殿下ことドバイ市長が早くから「やべえ。ドバイ石油そんなにねえじゃん。ガクガクブルブル」ということではじめたのが、商業地区やインフラを整え世界中から会社を誘致したり、隣国のオイルマネーをいただこうという目的の観光事業だ。

といっても砂漠だからなんもないじゃん?と思われるが、ここが自炊殿下のすごいところ。「何もないなら、とりあえず世界一のものを作っちまえ」という精神で、とにかく人集めのために、世界一高いタワー、世界一高いホテル、世界一大きい人工島、世界一大きいモールなどをつくった。

ここでポイントは「世界一」であることだ。オリンピックなどのスポーツの世界だって1位をとらなければ意味がないのだ。2位は名前すら覚えてもらえない。だからこそドバイはこれだけ「世界一」にこだわるのである。

ドバイは金持ちの街

そーでもない。いや確かに飛び抜けてやばそうなオーラを醸しながら、フェラーリを乗り回す金持ちはちょいちょいいる。が、忘れてはいけないのだがどの世界も同じく金持ちは少数で、あとは中間層、貧困層も多々いるということだ。構造的には、多くの貧困層(アジアからの出稼ぎ組)が、金持ちを支えるという構造も一部では見られる。

そしてとくに注意したいのは、彼らは金持ちは金持ちでも成金金持ちなのである。彼らの1つ前の世代は、貧乏だった。20年前には、ドバイは何もない砂漠地帯だったのだ。そんな砂漠地帯で、ラクダを乗り回しデーツをぽりぽりやっていたのが、1966年の石油の発見とともに、乗り回すのがラクダからフェラーリになったのだ。

そう、つまり石油という他力のもと金持ちになったわけで、必ずしも自力ではない。そこがポイントだ。彼らを見ていると有り余る金を持て余すだけで、金をいかに賢く使うかという点においては非常に未熟な点があるように感じられる。そりゃそうだろう。ラクダ乗りがいきなり超金持ちになったんだから。賢くやりくりするとかという考えは全くない。

金持ちはビルゲイツやハリウッド俳優といった必ずしもそれなりの対価を行った人だけではないのだ。たまたまそこの土地にいたという理由だけで金持ちな人もいる。そうした人たちは、われわれが普通にイメージする金持ちとは全く違うのだ。

その結果ほとんどの自国民(一部にはほったて小屋に住んでいるようなボンビーエミラティもいる)は生活に困らないほどのお金を手にするため、UAEでは若者の失業率が問題視されている。20~30%が失業しており、これは仕事につきたくてもつけない、という一般的な失業ではなく、金があるのに仕事なんかしたくないという金持ちなぼっちゃまの発想なのだ。面倒なことはすべて出稼ぎ組に任せる、これが彼らの金持ちの流儀なのだ。

まあだからこそ私のような外国人がおこぼれ頂戴ということで簡単にドバイで働けるような仕組みがあるのだ。しかしそれが、エミラティのためにあくせく働くという観点で見てしまうと腹立たしいことこの上ない。

高級車が街中に乗り捨てられている

これはないだろ、と思ってドバイに長らく住む人に聞いたらドバイショック前にはそうした光景がよく見られたらしい。マ・ジ・カ・ヨ!これは本当だった。ドバイにいるとベンツやBMW、レクサスも普通車レベルなのでそうした車に乗っていた外国人たちがドバイを去る時にそのまま放置していくらしい。

しかし現在でもたまに放置自動車を見かけることがある。砂埃をかぶって悲惨な姿になったアウディ車。そのアウディ車を見るたび、忠犬ハチ公のことを思い出し心の中で「お前も持ち主をまっているんだな。」と忠車アウディを物憂げに見ていたものである。

また乗り捨てられたまでとはいはないまでも、いらないから売ろうという人がごく自然に車を放置し、欲しかったら電話してな!という張り紙を貼っている光景はよく見る。はじめは誰がこんな砂晒しの車を買うもんかと鼻で笑っていたが、不思議なことに毎日見ると電話してみようかなと思えてくるのである。