なぜドバイはつまらないと感じるのか?

ドバイに来る人は主に2パターンに分かれると思う。トランジットでまあちょい見するかというついで派、という人とドバイ大好き!いってみたい!とドバイを目的地にする人だ。

私は初めてドバイに来たのは、トランジットだったが予想通りの「つまらん」国だなというのが印象だったので、ドバイ大好き!いってみたい!という人のドバイ愛がいまいち理解できない。

なぜ私はドバイをつまらないと感じるのだろう。ドバイは3日で十分、もうええわという人が他にもいるのは事実で、一体何がドバイ支持派とそうでない派を分けるのかを考えてみたい。


金を持っているやつだけが楽しめるシステム

ドバイのメインは、なんといっても見物だ。世界一高いビルを見て、フェラーリを見て、7つ星ホテルでアフタヌーンティーをして、世界一大きなショッピングモールを堪能。豪華なホテル、食事などなど、メディアはドバイがいかにきらびやかかということを紹介するのに忙しい。

地球の歩き方をみてもショッピングページ、スパ&マッサージページ、スパ&アクティビティなどに分かれ、見どころに関するページが6ページなのに対し、こうした消費系アクティビティは12ページにわたり紹介されている。とりあえずすごいものをみたい!豪華な体験をしたい!ショッピングをしたい!という人には最適だろう。ついでに言えば、旅行にそこそこ金をかけられる人である。

極端に言えばドバイはお金がなければあまり楽しめない場所である。何かにつけてお金が発生する。逆に言えばお金を使って楽しむところなので、お金というガソリンがなければドバイ旅行を楽しむのは難しいだろう。その意味で、世界中のセレブ達が訪れていることに納得が行く。

一方で、金を使い物質的な消費に対してあまり幸福感を感じない、低欲望社会の一員である私は、いまいちそこに価値を見いだすことができない。ドバイモールをみてもふーん、世界一高いバージュカリファに登ってもふーん(建物があまりないので取り立ててみるものがない)というぐらいである。逆になぜ皆がそこまでして高いところに上り詰め興奮するのかがよく分からない。

逆に同じバージュカリファへの展望チケットでも、夕日が見える絶好の時間帯には、チケット価格をあげるなどこうした金儲けに細かいところは、非常に見ていて辟易する。

またドバイのお品書きはお金さえ出せばいろんな体験ができるようになっている。パラシュート、砂漠ドライブ、イルカとのふれあい体験、ウォータースライダー、釣り、ダイビング、スキーなどなど。あげればキリはないがドバイ株式会社は、金にものをいわせてあらゆる体験プランを用意している。

こうした体験もわざわざ高額を払ってまでドバイで行う必要があるのだろうか。他の国でも同様のアクティビティがあるし、そちらの方が値段もリーズナブルだ。とりあえずドバイという名のもとにすべてのものが高値で設定されているように感じるし、逆に「本場」でもないのに無理やりそのようなアクティビティを作って提供している姿は、ぎこちなさを感じさせる。

文化や歴史に物足りなさを感じる

旅行の醍醐味と言えば、歴史的建造物をみることやその土地の文化を知ったり、現地の人とおしゃべり・・・といったことをあげる人もいるのではないか。私もそういった人間の一人である。この点についてドバイはどうか。

1971年にアラブ首長国連邦として独立。それまでは真珠産業でほそぼそやっており、あたり一面は砂漠だった。短期間で急激に成長し、「ドバイドリーム」という言葉まで出る経済的な成長がある一方で、個人的にはあまり文化や歴史に深みがないと感じている。

もちろん歴史や文化はそれなりにあるのだが、それを示すものがあまりにも少ない。いや、そもそも深みがないために示すことも難しいのだろうか。そういった意味で、この国の歴史や文化に触れる機会はかなり少ないと思う。

それに加え、とにかく他の湾岸諸国からのマネーを流入させるという意図もあって作られたこの町は、徹底的な消費主義を追求している。歴史や文化は消費主義とは対岸にあるものだ。消費以外のことをしたい、と考えた時にこの国のお品書きはそうした要望に答えられないようになっている。

町歩きができない!

ニューヨーク、ロンドン、東京、上海といった都会と言えばとにかく建物が集中していて、人々の生活の息づかいがすぐ横で聞こえる。しかしドバイでは、「町歩き」というものができない。

一体なんなんだろう、この違和感は。建物のサイズがとにかく大きすぎる。建物と建物の間にはところどころ、ミニ砂漠がひょっこり顔を出している。かなりゆとりを持って巨大な建物を次々に立てたためか、店が並んでいる、といった表現はまずこの町には適さない。

まるで車が一番偉いというかのように、道路の存在感が大きく、歩く奴なんているの?といわんばかりに歩道なんてものはない。とはいっても歩く人もいるのでしょうがなく、車がビュンビュン通るところを無理やりつっきるしかないのだ。

これでは「町歩き」どころではなく、命の危機を感じるばかりである。そればかりか自分が巨大なビルのジャングルに迷い込んでしまった小人のような錯覚すら覚える。「金持ちの象徴」を手にいれるには車がもっとも手っ取り早く、一番金を使いやすい車のショーケースにするために、人ではなく車を中心とした都市づくりがなされているのではないかと考えてしまうほどである。

というわけで、文化や歴史を見に来ました!という人にとってはあまりにもお品書きが薄いので、つまらないと感じるのだろう。また消費に興味がない人にとっては、ドバイモールもバージュカリファも意味はなさない。というわけで必然的にドバイのトップ観光地が消える。町歩きもできない。その結果、特に見るものはないという手持ち無沙汰な状態になってしまう。これが、つまらなさの要因だと私は考える。