誰も知らないパレスチナの世界遺産「バティール村」を訪ねて

世界遺産というだけで観光客が全国からわんさかやってくる日本とは違い、2014年にユネスコの世界遺産に登録された「バティール村(英語表記:Battir)」は、観光客の影もなくひっそりとしている。パレスチナの世界遺産は、世界中のクリスチャンがこぞってクリスマスに集うイエスの生誕の地、ベツレヘムの生誕教会と新たに加わったこの「バティール村」の合わせて2箇所となる。

情報がなさすぎる謎の世界遺産

それにしてもこの静けさはなんだろう。しかも、世界遺産!だというのにロンリープラネットにもネットにもほとんど情報がない。写真で見る限りでは、約2000年前のローマ時代に作られたという美しい段々畑や灌漑が広がっている。イスラエル人に聞いてもそんな場所は知らない、という。こんなに美しく、世界的に認められているのになぜ観光客も少なく、情報もないのだろう?


一度入ったら戻れない?イスラエル警官に脅される

この不可解な謎を解くため、私は滞在しているエルサレムから「バティール村」へ行くことにした。どういうわけかイスラエルの乗換アプリを使ってしまったため、交通機関がすべてイスラエルのものとなり(イスラエルにはアラブ地区を走るアラブバスというものがある)、イスラエルバスでのいくことになった。エルサレムの中心街からは約2時間ほど。そのうち1時間は徒歩である。今思えば、ベツレヘムからアラブバスで行けばよかったのにと思うのだが。それはともかく、イスラエルバスで「バティール村」近くへいくと、降ろされたのは入植地前だった。

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入植地のゲートと住宅街

入植地といっても、海外にあるような駐在員専用のコンドミニアムという感じで、武装した門番がいることと頑丈なゲートがある他はいたって普通の場所である。イスラエルが入植地を作った!というようなニュース聞くと、さぞかし極悪人が住んでいるのだろうと思うが、住人はどこにでもいるようなイスラエル人であった。

その向かいに村の入り口はあった。村といっても世界遺産となった「バティール村」の本拠地までは1時間ほど歩かなければならない。しかも山の中、をである。するとイスラエルのパトカーが近づいてきて、チャラそうな警官とその連れが「なんで(入植地の)写真を撮っていたんだ?これからどこへいくんだ?」などとプライベートを侵害してくる。

「いやあ。なんか建物があるなあと思って撮ってただけですよ。これから行くのはバティール村です」というとバティールの発音が正しくなかったのか、伝わらない。怪しい外人だと思われ始めたので、無害な観光客を装い(というかそのままだが)「ほら、この写真の場所をみてくださいよ。これ、世界遺産なんですよ」と携帯で調べたバティールの画像を見せていう。

しかし彼らはどうにもしっくりこないようなので、ここではじめて「バティール村」というのはイスラエル人の間では認識されていないのでは、という考えに至った。そして「ここは危険だからやめた方がいい。一度入ったら出られなくなるぞ!」と警告をしてくる。

瞬時に、ソマリアよりも危険なのだろうか?まさかなあ、と考えてふと入り口にある警告板をみると、「イスラエル市民にとっては危険、近づくな!」とかいてある。なんだ、イスラエル人限定の危険じゃないか。ということで、適当にチャラパトを追いやり、彼らが過ぎ去るのをみて村に入っていった。

とはいうものの、念のため警戒心という名の結界を半径1メートル内に張りながら進む。しかし20分もすると、その警戒心はなくなった。そこにあるのは、つつましく暮らすパレスチナ人の暮らしだったからだ。入り組んだ町の中をいくと、景色が一気に広がる。

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バティール村に行く途中の景色

写真でみたバティール村とは少し違うが、段々畑のようなものもありハイキング気分でうねった山を登ったり下ったりする。おそらくこのルートで歩いてくる外人などいないのだろうなと思いつつも、景色を十分満喫しながら進む。道の途中には、野生と化した犬たちが崖を歩いていたり、ヤギのような死体も横たわっている。なんとワイルドな道だろう。

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崖の上の犬

誰も知らない、美しき風景と美しき人々

本当に1時間ほど歩いた先に、ようやく観光場所を案内する標識が見えてきた。おお、これは「バティール村」が近いのでは?と思いつつ、足を早める。そしてようやく観光スポットの中心地らしき場所に到着した。なんだ、観光客向けに観光マップもあるではないか。

と思いつつ、それらしき観光地をぐるっと回る。そしてついに発見した。あの目に焼きつくほどに美しい緑の段々畑を。ちょうどよいところに木のベンチがあったので、座って一服する。こんな素晴らしい景色を見ながらの一服は、最高である。

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これぞ伝説の段々畑

よく見ると線路がある。なんと?ここは電車が通っているのかと驚いて、村人に聞くとかつてはこのバティール村にも駅があり、この村でとれた野菜や果物をエルサレムへ運んでいたという。分離壁により現在こそ人やものの行き来が変わってしまったものの、歴史を辿ると以前はこのように町と町で盛んな交流があったのだとわかる。

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ローマプールに圧倒されて夏だったらここで泳ぎたいなあと考えていると、中学生ぐらいの男の子たちがなんと木の枝(結構でかい)を投げてきた。まあ子どもだからしょうがないだろうと思っていたら、プールサイドでまったりしていた男性が寄ってきて、「君、大丈夫だったかね?すまんないねえ。彼らはまだ子どもなんだ」と代理謝罪をしてくれる。

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ローマ風呂ならぬローマプール

なんと礼儀正しい人なのだ!と雷に打たれたように私はびっくりしてしまった。その後も、外人にいたずらをした子どもがいる、という噂はものの30分ほどで村の大人たちに広がったらしく、「さっき子どもにいたずらされたんだってね。すまない」という人や「子どもたちの写真はあるか?こいつか。とっちめてやる」(本当に家まで行ってとっちめていた)と言う人までいた。

私が観光客だからなのか外人なのかわからないが、本人は気にしていないささいなことを村の大人たちが心配し、謝ってくれる。と同時に彼らが子どもを叱る。日本の都会でしか生活していなかった私にとってはこれは衝撃だった。もっとも日本もひと昔前はこんな感じだったんじゃないかとも思う。

そろそろ帰るかと思いうろうろしていると、「やあ、次に行く場所は決まっているかい?」と陽気な村人が声をかけてくる。名前はアナスという。観光地にありがちな、勝手にガイド宣言をして後で金をふんだくる商法かと思ったので、「ガイドブック(そんなもんはないが)があるから大丈夫です」と嘘をついた。しかし、小さな村なので、別れたあともなぜか顔を合わしてしまうという気まずい状況に。

しかし、閉まっているお土産屋さんを開けてくれようとしたり、今までに日本人や韓国人が村にやってきたんだ、といってアジア人の証明写真を見せられたり話を聞くうちに、もしや自分の思い込みが間違いであることに気づく。よく聞くと、村唯一の観光センター、バティールエコミュージアムで働いているという。そうやって話し込んでいるうちに、なぜかアラブではお決まりのお家に招待される。

学生の頃は常に飢えていたので、お食事にお呼ばれとなるとタダ飯だ!喜んで!と下衆い考えをしていたが、社会人でかつ海外で1人暮らしをすると、こうした純粋なる親切心が心に染み渡る。先ほどまで疑っていたことを猛省したいぐらいに、彼らは優しく純粋であった。

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道先案内人アナスと最近単語を言えるようになったボーイ

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特別な時に着ていくのよ、といってパレスチナの伝統衣装を見せてくれたアナスママ

なんとものの15分ほどで、豪華な料理が完成する。

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アナスとそのお母さんが即席で用意してくれた昼ごはん

しかも、料理ができる前に小腹が空いたので子どもが持っていたベビースナックのようなお菓子をもらうとこれがうまい!ぜひ買いたい!どこで買ったのかと相変わらず下衆さが抜けていない自分だなあと思いつつ、子どもに店を案内してもらう。

しかし、案内してもらった店にはなかったのでしょうがないか、と思っていたら、アナスがなんと差し出したのはあのお菓子ではないか。いつの間に買いに行っていたのだろう。しかもお金はいらないという。

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例のスナック

その後も飼っている羊を見せてくれたり、帰りのバスを案内してくれたりと至れりつくせりだった。もはやその純粋で美しい優しさで、バティール村の段々畑の美しさもかすんできてしまうほどである。というと誰もバティール村に誰も来なくなってしまうので、バティールの段々畑も美しい、それ以上に人々の心も美しい、ということにしておこう。

全てが金で回るドバイにいると、こうした人の見返りを求めない親切心というものが嫌というほど染み渡る。

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親子愛は美しい

観光客は確かに来ている。しかし情報量が少ないことから圧倒的に観光客の数が少ないのだろう。バティール村の人によると日本人はJICAなどの関係者がメインの訪問者だそうで、もっと一般の人にも来てもらいたい。

世界遺産なのに奥ゆかしく、つつましい。地元の人のためにももっと多くの人に来て欲しい、と思うと同時にひっそりと美しい景色を堪能できるバティール村を教えるのは惜しいと思ってしまうのである。

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アナスがくれた花

バティール村への行き方
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ベツレヘムのバス停からアラブバスが出ている。
帰りもバティール村からベツレヘムへの直行便あり。
時間は片道20~30分ほど。

私のように無謀なハイキングをしながら行く場合は、イスラエルの乗換アプリ「Moovit」を利用すると便利。細かな道や乗換のバス番号などを教えてくれるので、迷わない。

バティール村を訪れる際の注意点
観光客が少ないためか、レストランやお土産店、ミュージアムなどはアポなしで行くと閉まっている。事前にバティールエコミュージアムに連絡をしておくとよい。連絡をしておくと、レストランにて料理をふるまってくれるとのこと。

ホテルもあるが、クローズしている期間もあるそうなので同じくエコミュージアムに事前に問い合わせた方がよい。

バティール村の楽しみ方
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もちろん個人で見て回ることもできるが、さらにバティール村を堪能するのであればハイキングもおすすめ。数時間のハイキングだがバティール村周辺の自然を堪能するにはちょうどよい。こちらもエコミュージアムに事前に連絡をする必要がある。