そうなんです、早稲田出てもバカはバカ

卒業をして数年経っており、自分が「早稲田大学」に絡んでいたことなんて忘れる生活をしていたが、最近何かと「早稲田」というキーワードが絡んで来たので、早稲田大学についてちょっと振り返ってみたい。「早稲田」を思い出すきっかけになったのは、早稲田出ててもバカはバカという、早稲田に入れば人生の勝ち組になれる!学歴さえあれば人生が変わる!と思った3流高校の筆者が、卒業後は、早稲田を出たのに転落人生を歩むという事実に基づいた本だ。


本の紹介では、早稲田卒、ブラック家庭出身、風俗勤め、クスリ常用・・・といったいかにも読者の興味を引きそうな「早稲田卒」とは決して並列にならなそうな言葉が踊っている。しかし、読む分にはそんなに深刻な話ではないし、むしろ裏業界でかなり儲けている(それなりの代価があったとしても)すごいやつなんじゃないか、というのが正直な感想。しかも、ビリギャルのように偏差値40とか30から慶応、早稲田にいきました!とか暴走族が大学に入りました!なんてストーリーは昔から聞くもので、そう目新しいものではない。

「早稲田出てもバカはバカ」という本があるのを知っていても、まーいつもの人生逆転劇の話か、というだけでさして興味はわかなかった。しかしふと、アマゾンのレビューを見て同じ早稲田の人間が卒業後どのような道を歩んでいるのか気になり、読むことにした。「早稲田を出てもバカはバカ」という半ば早大出身者の中では、半分常識化しているようなことをあっさりと言ってのけて、早稲田を崇拝する学歴至上主義者をざわつかせる潔いタイトルに惹かれた、ということも事実だ。

さて読んでみると、ブラック家庭の部分はさておき、こいつ何気に私より良い人生を歩んでいるのではないか!?という驚きである。正直、自分よりどんな落ちぶれた人生だろうと、この手の本を読むときには失礼ながら思ったのだが、なんともしや自分の人生はそれ以下なんじゃないかと思えてくるほどである。

何がって、風俗業のスカウトマンといえども、休みがなかろうとも仕事の様子としては非常に充実していて、やりがいがあるように感じる(ように描かれている)。予想していたようなドロドロものではなく、裏のビジネスにもそれなりのビジネス要素がちゃんとあるのだと。

それはスカウトマンだけに限らず、筆者は自前の根性と精神力で、早々にして転職先でも昇進していくのだ。たとえそれがどんなブラック企業だろうとも。そして面倒見のいい先輩や同僚・・・うーん、私にはないものづくしの人生である。アマゾンレビューでは、どんな逆境でも強く意思を持つことの重要性とか強く生き抜く力を感じた、という感想が多いが、私が思ったのは次のようなことである。

人の本質というのは、変えようと思ってもなかなか変わるもんじゃない、ということだ。筆者の生き方からしても、どー考えても怪しい就職先に飛びつき、それを糧とせずまた同じような企業へと転職をしているのだ。なんで前にも同じような目にあったのに、また繰り返すのだ!?

しかし実は同じようなことが私にもあてはまるのだ。なぜ以前にこうした企業は自分には合わない、ということがわかっていながらまた同じような企業を選んでしまったのだろうか。そして次の転職先も前と同様に、中小からグローバル企業というパターン。さすがに自分でも、回し車の中をまわるハムスターみたいだなあと思ってしまった。

「早稲田出てもバカはバカ」というのは、その言葉の通りの意味もあるが、決して早稲田大学というフィルターを通したからって経験や考え方は多少なり変わったとしても、本質的な部分は変わらない、ということを指しているようにも感じる。

最終的には、筆者もホワイト企業に就職し家族と東京を離れて暮らす、といったハッピーエンディングで終わるのだが、どうも私の人生もそんな感じで終わりそうな気がしてならない。というか、人間結局はそっちの方向にいくんじゃないかと。仕事よりも家族と一緒にいたい。誘惑が多い東京よりも、自然豊かな場所でゆったりと暮らしたい。全く自分とは違う人生の物語だと初めは思っていたが、ある意味で自分の人生を映す鏡のようでもあり、将来を予言するような本でもあった。