まさに昼ドラ!愛憎劇と化した退職宣言からその後

昼ドラ!なんて言っているが、「昼ドラ」は見ている分には面白いが、実際に自分がそんな状況にやられるとこれほど不快なものはない。ようやく正式な「オファーレター」をもらい、内定が確定した。天にも昇るような気持ちである。そして早速、何日もしたためておいた「退職宣言」をするのである。


社長をカフェに呼び出し、とつとつと話し出す。脳内でイメージトレーニングをしていた時は、罵詈雑言でこの世のものとは思えないほど残忍で冷酷な退職宣言をしてやろうかと思ったが、それをしてしまっては、てへぺろ達と同じになってしまう。


ということで、ここは今までと同様、落ち着いて事実をそのまま述べた。本当の理由は話さなかったが、表面的には「この会社に合わなかっため」といった。すでに後述するフライング「退職宣言」をしてしまったため、社長は驚くことはなく、「ドバイから出るのね?」と聞いた。

フライング「退職宣言」とは、内定が決まる数週間前にたまたま社長していた時のことである。毎日首から退職表をぶらさげているような状態だったので、「辞めたい」という言葉が常に喉元まで来ていた。そんな状態だったから、「なぜそんな遅くまで残って仕事をする必要があるの?」と聞かれた時に、これこれこうでと説明をしていたら、自然ともう自分はこの会社ではやっていけそうにもない→一番の方法はやめることだ!などといってしまったのである。

口のしまりが悪い自分をここまで呪ったことはなかった。内定しそう、という状況であっても確定していない場合には絶対に言うまいと決めていたのになんという失態だ。というわけで、「退職宣言」をフライングしてしまったのである。もしかしたら内定が取れないかも、という恐れもあったのでその場は「まあ、状況改善に努めつつもう少し考えてみます」という胡散臭い言葉で締めくくった。

話を戻し社長の言う、会社を辞める=ドバイを去るという公式になるのかは、いまいちに腑に落ちない。おそらく、会社を辞める=国に帰る、というパターンが多いのかもしれない。ここまでは良かったのだが、次の発言がまさか、昼ドラの愛憎劇を呼び起こすパンドラの呪文になるだろうとはその時まで微塵にも思っていなかった。

ここまでを見れば、別に社長が私がやめることに対してなんら焦りや惜しみを感じている様子がないことがみて取れる。

が社長の質問に、馬鹿正直に「いえ、次は別の代理店で働くんです」といい、その代理店名を聞いた瞬間、社長はひどく取り乱した。私の前任者が、同じ代理店で働いており、社長は前任者を自分のブラックリストに入れるほど、ひどく忌み嫌っていた。私と前任者とのつながりといえば、その会社のポジションを紹介してもらっただけなのだが、その瞬間から前任者への憎悪が、なぜか私に向かうことになった。

全くもって理性的に考えれば、他人への嫌悪を別の人間にそのまますり替えるなど意味が分からない。そして、社長は私が辞めるという事実を自分の憎悪を付け脚色したストーリーをてへぺろ子分達に伝えたのである。というわけで、その日から執拗なる嫌がらせと、子どもじみた愛憎劇が幕を下ろしたのだった。

いつもは「うらら〜」なんて山本リンダ節をふかしているのに、突然態度を変えてきたのである。いつもと同じ要領で出した資料にもかかわらず、あの退職宣言の直後から、「何この、いいかげんな仕事?ちゃんと100%やる気出して、やり直してくれる?」である。うわーこれよく、テレビで特集している「職場の嫌な人」とかブラック企業で働く人のブログにでてくるやつじゃね?と。

彼らにとっては、普通の仕事がどのようになっているのかよく知らないらしく、執拗に「ちゃんと引き継ぎをしてよね」と。こっちからすればそんなことは言われるまでもなく、当たり前のよっちゃんである。なのに彼らはよく知らないがために、こうした当たり前のことをいちいち指図してくるのである。指図しないと分からないやつ、このように思われるのは、全くもって不当であり不快である。

しかも引き継ぎに警備付きである。どういうことか?引き継ぐ人が別にいるのに、社長のてへぺろ子分に、引き継ぎをすべて監視されるというものである。監視されるというと、大袈裟かもしれないが、私の仕事なんて素人レベルにしか分からないのに、いちいち引き継ぎミーティングに立ち会い、しかも「あーたのパソコンにあるすべてのファイルは勝手に消さないで。消す時は私の立ち会いのもと消してちょうだい」と言われた時には、「わしゃ、囚人か」と思った。

もうこういう対応には、怒りすら覚えなくなったが、一応不当だと思ったので社長に抗議しに行くと、「あなたが辞めるせいで、こんなに問題を抱えちゃってるのよ!もう怒りやらなんやらが喉元までに来ているんだから。激おこプンプン・・・」といった具合で、一人糾弾劇を披露している。辞めるだけで、こんなにボロクソに言われるのは初めてだったが、ひるまず応戦する。

そして最終手段として、社長が言ったのは、「これ、なんだかわかる!?」といって自分の手首を見せてきた。「私が16歳の時に、母親にタバコの火をあてられた跡なのよ!」。この最終兵器には、私もひるんでしまい、もごもごと何も言えなくなってしまった。

そして社長と別れ、10秒後によく考えて見る。あのタバコの火の跡と、私の退職は一体何の関係があるんだ、と。そして答えは、関係ねえな、である。おそらく、彼女のフィリピン時代には、タバコの火以外にも問題があったのではないかと思う。そうした経験が、何かがあった時にかなり大げさに、「自分への攻撃」へと捉え、今までのすべての感情や憎悪といったものをうまく消化できずに、一気に吐き出してしまうのではないか。千と千尋のカオナシみたいなもんである。

こんな人生初の昼ドラ劇に巻き込まれて、もうげっそりである。社長との会話の後、怒りや憎悪が不思議と体から抜け切ったように、何も感じなくなっていた。ただあるのは、あと少しでこの牢獄から出られる。電話番号も変えて、ドバイも少し離れて、もう一度新しく生活をやり直そう、というまさにシャバに出る前の、囚人のような考えである。できることならば、過去数カ月の記憶を消し去りたい、というまさにドラえもんだのみのようなことまで考えていた。

残り2日。常に溺れかけるように前にも進まず漫然と広大な海原で、もがき続けたような日々もあと2日で終わる。今はただ、心の安定だけが欲しい。糾弾されず、怒りもない静かな場所へただただ行きたい。